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「フレイ?」


 かき上げられていない、赤い髪の間を覗き込むと、金色の瞳はぼんやりと俯いたまま、揺らぎもせず茫然と滴を落としていた。少しの痛ましさと共に、弱気なこどもを前にした、あたたかみのある呆れを覚える。そうっと手を伸ばし頬に触れると、夢から醒めた顔でこちらを見上げる。もっと前にこうしたときは、振り払われた手だった。


「また夢を見たの?」


頷く代わりに、ひとつ瞬いた目から、またぼとり、ぼとりと落ちる。


「大丈夫。大丈夫よ。私がここにいるし、あなたがあなたを責めることないの」


まだ、染み渡ってはいないのだ。この言葉が本心から出た言葉でも、凝り固まり煮詰められた後悔と自責は、簡単には溶けてくれないだろう。そうわかっていたので、何度も何度も呟いたし、それを無理矢理飲み込ませようとはしなかった。


「“彼”も、きっと、そんなこと望まない。私が“彼”なら、望まない。……あなたは?」


幼いこどもにするように、そっと頬を撫で、涙を拭う。今起きたばかりなのであろう、半身を起こしたベッドに自らも乗り上げて、自身より上背のある、青年と少年の間の体を抱き締める。辛抱強く待って、それから漸く、おそるおそるといった様子で頷いた頭の動きを、肩で感じた。
 おそらく、彼だってわかっているはずだ。そんな正論は。綺麗事は。理想論は。
少しずつ、本当に少しずつだけれど、出会ったばかりの、強固で脆い仮面は、少なくとも自分の前では、剥がれ始めている。それは、細やかな苦痛を伴いこそすれ、良いことのはずだ。それでも――――あるいは、それゆえに――――こうして時折、悪夢になって現れる過去や、フラッシュバックする光景に、言葉を詰まらせたり、涙を流すことも、決して少なくはない。理屈がわかったところで、気持ちがそれを受け入れられるかどうかは、全く別の話なのだ。僅かずつでも、前向きになろうと、周りの働きかけだけではなくて、彼自身がそう考えようとしている。杭を打たれたように縛り付けられた、心とは別に。
 寝起きだというのに、恐怖からか冷え切った彼の身体に、熱を移して、しばらく時間が経ってから。身じろぎをし始めた振動で、彼がしっかり目覚め、一旦は悪夢を振り払ったのだと気づく。励ますように、愛情をこめるように、ぎゅっと強く抱き締めなおしてから、明るい声音とともに、腕をほどいた。


「さあ、目が覚めたなら、朝食にしましょう。せっかく上手に焼けたトーストも、冷めちゃうもの」


涙の気配をほんの少し残した金色が、やわらかく苦笑した。ベッドから降りて、二人で小さなダイニングに向かう。彼は養成所の研修が、自分はアークスの任務が、久々に揃ってオフになった、貴重な休日の朝だ。憂鬱に呑まれた恋人に不満に思う気持ちはないけれど、せっかくなのだから、笑って過ごしたいと思うし、彼もそう思っているらしく、少し申し訳なさそうに、ごめんな、ありがとう、と言ってくれた。笑って、たった数歩の、テーブルまでの短い道のりを、手を繋いで歩く。まだ、今すぐは難しくても。言葉が彼の根元まで、染みこむことが、今はなくても。気長に待とう。これからも傍にいるのだから。彼の心に差す影を、無理矢理に引き剥がして、傷をつけたくなかったし、たとえ何年、何十年かかろうと、彼はそれをいつか、乗り越えられると信じられた。乗り越える彼を、傍で支えるつもりだったのだ。ずっと。


私が強く悔いて責めているとすれば、それは。



「フレイ」



私が、“彼”なら。



「泣かないで……責めないで、あなたを」



どうか、あなたは。


  • 最終更新:2014-12-14 21:55:43

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