Unfathomed Force 2

ルリ   「同感……ですね!」

突如、ルリが剣を投擲した。向けた先はセラフィナの背。クロエと相対する隙をつくにしても、リスクが高すぎる。
しかし、ただ攻撃のため投げたのではない。刀身からは光の刃が展開され、高速でその周りを払う。
その光は薄闇を照らしながら宙を舞った。

ルリ   「……猫の目なら、何か見えるかも、なんて……!」

迫る剣に、セラフィナは一見過剰とも思える程に反応し、両剣により叩き落した。
からん、とルリの剣が転がり、再び辺りは薄闇へと戻る。

一瞬だけ光が照らし出したのは、セラフィナの背後に並んでいる何らかの装置。
そしてそれは、天井までコードを伸ばしていた。

マリン  「…………!」

立ち上がったマリンが、目を見張る。
そして、この激戦の中において、思わず零すようにふ、と小さく笑みを見せた。

マリン  「…………駄目ですね、私は。 母と戦って…… 命がけで戦っているというのに、私は……楽しいと思っている。 命掛けだというのに、この経験したこともない死線を、楽しんでいる」

マリン  「でも、それも…… 間違いなく私の一部なんだ、という事を。ルリ、クロエさん。あなた達は、教えてくれました。…………だから、それも含めて…… 私の、私が得た全てを、母さんにぶつけます!」

改めて、表情を引き締め直す。そして、即座にクロエとセラフィナが対峙している場所まで駆け出した。
クロエの方も、赤い光の伸びる先を辿って何かを察したようだった。上向いていた瞳が、セラフィナへと下りる。

クロエ  「……セラフィナ・ブルーライン、貴女、先ほど我が主を愚弄したわね。あの方は傍に居られずとも、…っ?」
マリン  「ルリ、ごめんなさい……! 少しだけ、母さんを抑えてください!!」

対峙するセラフィナに口を開いた所で、不意にその身が引っ張られる。
マリンが駆けた先は、セラフィナではなくクロエだった。

マリンがその手を引き、二人が後方に退くのを守るように、ルリがセラフィナの前に立ちはだかる。

クロエ  「何かしら。大事なことを言っていたのだけれど」
マリン  「後にしてください。それより、合わせて欲しいことがあります」

きっぱりと言い捨て、クロエのふた色の眼を真摯に見つめるマリン。

セラフィナ「作戦タイムかしら? でも、手は抜いてあげないわよ!」
ルリ   「……それは、ありがたい!」

蛇のようにうねる炎の奔流が、剣を手放したルリに迫る。
しかしセラフィナの業火に劣らぬ程に、ルリの闘気とフォトンは励起を止めない。
ほつれて解けかかった髪が励起に広がり、さながら赤い蜘蛛の巣のように見えた。

身を低くしたと思うと、丸腰のまま弾丸のように駆け出して、焔の蛇へと向かっていく。
飛び跳ねて、床を這って、とぐろを巻くその巨影を抜いて、自身の剣を奪うように掠め取った。

ルリ   「お遊び気分でいられたら、うっかり斬り飛ばしそうだ!」

可憐な容姿に不釣合いな咆哮と共に、猛禽の如く焔の蛇に迫る。
時折焔が掠め肌を焼いていくが、その端からテクニックで再生し光の爪を突き立てる。

一方、セラフィナに悟られないよう、囁くような声でクロエにマリンが最後の作戦を伝えていた。

マリン  「貴女も見たでしょう? アークス三人に対抗し得るあの異常な出力の供給源は、リンそのものです。 あの機器を介して、リンの力をそのまま引き出して自分のものに加えています。……それなら、あの機器を破壊すればそれを止められる筈。」
マリン  「しかし、母さんも確実にそれの阻止に全力を注ぐ筈です。 ……だから、私とルリが母さんを引きつける。 あの炎壁を超え、母さんを上回る反応速度で機器を破壊する………… それができるのは貴女しかいません、クロエさん。」

読みが正しければ、天井の光の繭から、背後の機器を介して力を引き出している―――それがからくりだ。
セラフィナは相談中の二人に攻撃を向けない。恐らくルリもそれを察して、防戦に集中しているのだろう。

マリン  「………私の合図で、突っ込んでくださいね!」

作戦を伝えるだけ伝えて、返事も聞く前にマリンはセラフィナに向かって駆け出した。
これ以上、一秒でもルリ一人に囮を任せるわけにはいかない。

だが、如何せんまともに受ければ一撃で終わるという強大な出力は、回避に気を割かざるを得なくさせる。
二人がかりでありながら、簡単に決定的な隙を作る事が許されない。

クロエ  「………」

マリンの言葉を反復し、クロエはふう、と小さく溜息を吐く。
ひとり離れて、危うげな戦闘をしばし眺めて。それからすっと剣を額に当て、目を閉じた。

クロエ  「……ああ、愛しき我が主。我が神たる主……どうか、わたしに。貴方様へついてしまった嘘を、雪ぐ機会を。そのための力を……貸して下さいませ」

顔を上げると同時に、剣の先がついと持ち上げられ、マリンとルリの足元を指した。
桃紫色の陣が、二人の足元から、絡むように闇の光素を立ち上らせる。

メギバース―――闇の支援テクニックが、円形闘技場と化したフィールドの半分を覆い尽くした。

ルリ   「……!」

一瞬、ルリの緑と赤の両眼が、クロエの金青の瞳を見た。これであれば。
獰猛に笑めば、唇の端から八重歯の先が光る。炎の蛇の尾をかわし、吠える。

ルリ   「……マリン!!」

ルリの呼びかけに、視線だけで応える。
マリンがセラフィナに対して、一気に距離を詰めた。速度重視の、直線的な特攻である。
それを見逃すセラフィナではなく、セラフィナの掌から放たれた巨大な炎弾が、まともにマリンを捉えた――――

が。全身に纏った冷気のフォトンと、足下のメギバースが、その威力を最小限に相殺する。
速度を緩めず、言葉も無しにタイミングを合わせたルリと共に、肉薄したセラフィナに剣を振り上げる。

ガキン、という衝撃音。ルリの剣を両剣が、マリンの剣を炎の壁が、同時に受け止めていた。
驚異的な反応。だがこの瞬間だけ、二人の同時攻撃を止めているセラフィナに正面以外への攻撃手段は存在しない。

セラフィナ「…………!」
マリン  「――――クロエさん!!」

とん、とセラフィナの背後で床が鳴る。
ふうわりと、重力を忘れたように、闘技場を織り上げる炎壁を優雅なまでの身軽さで跳び越えて。
やわらかな身体ごとひねり、引き絞った鋭いレイピアが、きらと光って大仰な機械を狙い澄ます。

僅かに振り返ったクロエが、麗しい令嬢の如き清々しさで、にこりとセラフィナに笑ってみせた。


クロエ  「――――御免遊ばせ、“剣闘士”の皆さま」


宙を蹴って、失っていた重力がクロエの全身に戻る。
彗星が堕ちるように、加速を重ねて、睨み据えた機械に向かい、剣先を揺るがすことなく真っすぐに落ちていく。

クロエ  「セラフィナ!貴女の不正は、見過ごせないわね……ッ!」

ルリ   「……ああ……」

思わず、感嘆の息が漏れた。
その花色の、なんと美しいことか。

セラフィナ「あらら、ズルがばれちゃった? でも許してね、こっちも必死だから!」

セラフィナの両剣が燃え上がった。
ルリを両剣で、マリンを炎で。力任せに弾き飛ばし、自由になった身で背後に向き直る。

セラフィナ「場外退場の代償は、高いわよ!」

目標を貫かんとするクロエの軌道を読み、炎弾を二、三と放つ。
クロエのスピードを持ってすれば、回避自体は難しくないだろう。だが、回避の為に軌道を曲げれば今この瞬間に機器を刺し貫く事はできない。

ルリ   「く、ロエさん!!」

飛び込む視界の端で、迫る炎弾を捉えて。
軽減や最小限の防御など様々な対処を頭に浮かべつつも、刹那に彼女が出した答えは。
これ以上の妨害や攻撃の隙を、セラフィナに与えない選択肢だ。


クロエ  「貴女が愚かな真似をしたこと。…理解らせてあげるわ。セラフィナ・ブルーライン」


妖艶な微笑み。文字通り一本の剣と化しながら、彼女は甘く囁いた。
その囁きが、激しい機械の破壊音と、それを上回る火球の衝突の轟音に呑まれ、かき消える。

クロエの剣は、目標であった装置を完全に貫いた。 爆炎と共に飛び散る大小の残骸や、力が弱まる事で炎が低くなった円形闘技場の外周が、それを証明している。
だが、蒼炎の残滓を纏って転がる瓦礫や、立ち上がる噴煙に隠れ、クロエの安否は確認できない。

マリン  「――――ッ!! 母さん――――ッ!!」

剣を合わせていたルリを上空に弾き飛ばしたセラフィナに、激昂するマリンが迫る。
装置を破壊した事により力が弱まった筈だが、それでもセラフィナは不敵に笑っていた。
クロエが作った最後のチャンス。両手の飛翔剣に残ったフォトンを注ぎ込み、自分に放つ事ができる全てを剣戟として、自らの母に叩き込む。

だが、圧倒的な火力を利用して力任せに弾き返す事こそできなくなったものの、セラフィナの剣捌き自体に全く衰えはない。
ガキン、と何度も剣を激しく打ち合わせながら、両剣一つでマリンの猛攻を的確に受けていく。
全てを注いだマリンの決死の剣を、セラフィナはついに捌き切った。

剣戟の終わり。お互いもう防御の手は残されていない。
しかし、マリンが体勢を立て直す前に、セラフィナが既に片手を翳している。
全てを出し切ったマリンに打つ手はない。セラフィナがその手で炎を放てば、勝負は決するだろう。

だが、マリンは此処に来て口角を吊り上げる。
一人の力で勝つ事はできなくても、自分には此処までついてきてくれた友が、親友がいる。
上空に向かって、高らかに叫ぶ。絶対の信頼を寄せる、最後の一撃を託すに相応しい、その名を。


マリン  「――――ルリ―――――ッ!!!」


呼び声に応えるかのように、光の羽根がふわりと舞った。
風より速く迫る猛禽の翼を、捉える頃にはもう遅い。

獲物に掴みかかる鋭い爪のように。喉笛を裂く嘴のように――――蹴撃がセラフィナへと下される。


ルリ   「ストライク――――ガスト!!!」


全ての体重とフォトンを乗せた、必殺の蹴撃。

セラフィナ「ぐ…………ぁ……………ッ!!」

ルリの蹴りは、まともにセラフィナの身を捉えた。
その身体が派手に飛び、床に叩き付けられ、地を転がる。
維持する事ができなくなった為か、闘技場を形作っていた炎壁は消滅し、部屋は再び最初の薄闇に戻った。

ルリ   「うっ、わっ」

受身を度外視し、一撃に全てを賭けた故、攻撃を放ったルリも床に叩き付けられ、もんどり打って転がる。
床に大の字になって、激しく呼吸を繰り返していた。

マリン  「……はぁっ、はぁ……っ、母さん………… クロエさん、ルリ…………!」

立っているのは、マリン一人だけ。
そのマリンも、表情に疲労の色が濃く見られ、前のめりに荒く息を吐いている。

セラフィナ「けほっ、けほっ…………はぁっ、は、ははっ、負けちゃったかぁ…………」

仰向けに倒れ、咳き込みながらもセラフィナは笑っていた。
まるで、敗北の結果を、それもまた良しとでもするように。

だがその時、薄暗かったホールが突如眩しく、紅に照らされた。
天井の光の繭が、激しく発光したのだ。

ルリ   「…………っ」
セラフィナ「あれ、あはは…… そっか、大人しく思い通りにされるような子じゃなかったね、リンちゃんは……」

部屋全体が赤く照らされる程の発光。
ルリは何か起こると見るや否や、無理矢理に身を起こすと、沈黙したままのクロエの方へと駆け寄る。
未だ鎮火しきらない蒼き炎に包まれる瓦礫や破片を退け、覗き込んで見ると、其処には床に蹲るように倒れるクロエの姿があった。

ぱちぱちと弾ける蒼炎の中、デバンドと自らの闇フォトンに守られ、火傷こそ負っていないが―――
衣服やウェーブのかかった長い髪まで守る事はできず、あちこちが焼き切れている。
ルリのレスタに反応して意識を取り戻したのか、焼け焦げた手袋の下の白い指が、ぴくりと跳ねた。

クロエ  「…………、ッ……」
ルリ   「……あぁ……」

失われてしまった、長いウェーブの髪の先を、労るようにルリの指が一度だけ撫でる。

ルリ   「…………今度は怒るどころじゃ、済まなそうだな……」

マリン  「母さん、これは一体どういう事ですか……!?」
セラフィナ「リンちゃんが起きるのが……思ったより、早かったみたい、ね…… 言っておくけど、あなた達が期待しているような姿じゃないわよ…… 感情や言葉なんて存在しない、ただ目の前のものを壊すだけ……」
セラフィナ「生まれ立つ時の力が強すぎて、此処も……崩れるでしょうね…… あなた達も、早く逃げなさい……」

言うだけ言って、セラフィナの姿は炎となり消えた。
その言葉を裏付けるように、地鳴りのような音と共に床が揺れ始め、ホール内の機器も崩れ出す。

マリン  「母さん、待っ…………」
セラフィナ《私は、まだ諦めないわ…… いくら罪を重ねようとも、目的は果たす……》

伸ばした手は、空しく空を掴むだけ。
声だけが耳に響き、苦い表情になりながらもルリに振り返る。

マリン  「…………っ。 ……ルリ、クロエさんは無事ですか!?」
ルリ   「なんと、か……!」

クロエを半ば背負うようにしながら、ルリが歩み寄ってくる。
しかし彼女自身も、本来人を背負えるような状態ではない。
でありながら、発光の激しさを増す繭を案ずるように見上げた。

ルリ   「……リン……!」
マリン  「……一旦、脱出しましょう。外にキャンプシップへのテレパイプを出します。……その足で背負うのは無理です、私が! 乗せてください、早く!」

クロエの身を請け負うように、マリンがしゃがみこんで背中を向ける。

ルリ   「……うん……ごめん」

クロエの軽い身体を、マリンの背にもたれさせる。その時、クロエが薄らと瞼を上げた。
光の繭はなおも強く発光し、点滅していた。迷っている時間は無い。

施設内のこれまで通ってきた道を巻き戻るように、可能な限りの速度で駆ける。
建物全体が崩れ始め、細かな瓦礫が落下してくる中を、懸命に。

ようやくの思いで出口まで辿り着くと、即座にテレパイプを投げ、三人は用意していたキャンプシップの中に戻ってくる。
クロエをその場に寝かせ、シップの窓から眼下――――研究施設の様子を覗き込んだ。

マリン  「……崩れていく……リンは、まだあの中に……」
クロエ  「………けほっ……。……これで、目的を果たしたと言えるの、かしら?セラフィナも不穏なことを…殿方のお二人も、戻ってきていない、し……けほ、けほっごほっ」

振り向くと、クロエがゆるゆると自力で半身を起こしていた。
ざんばらになった髪が肩にかかるのを一瞥してから、テレプールの水面を見る。

マリン  「クロエさん……! ……大人しくしていてください。……確かに、まずは二人を……」

言いかけた時、ほぼ崩壊している研究施設が赤く光った。
続けて、爆発。一瞬の静寂の後、再び赤い光が煌く。

その光は、まるで意志を持っているかのように“進んでいた”。
完全に崩れた施設跡を始点として、進む先にあるものを破壊しながら、嵐のように移動している。

マリン  「…………っ、…………?」

赤い光が煌くたびに、マリンの頭に鼓動のような感覚が迸る。
まるで共鳴のように。ずっと一つだったものが、呼び合うように。

マリン  「…………っ、リ…………ン…………?」

直感で、破壊そのものが意志を持ったような赤い光の正体を感じ取る。
眼下の光は、進行先にあるものを破壊し尽くしながらなおも進んでいる。その行く先にあるものは、リュケイオン中心部である繁華街。
この場が艦内でもかなり端側に位置している以上辿り着くのはかなり先の話になるが、もし到達すれば――――

マリン  「…………ごめんなさい、ルリ。ロミオ君を迎えに行くのは、あなたにお任せします。クロエさん、申し訳ありませんが此処で安静にしていてください。」
マリン  「私は…………リンを止めに行きます。 フレイさんは、その後に私が。」
ルリ   「……マリンだって、無傷じゃない、んだよ。……ひとりで止められるの?」

ルリは最後の一撃に力を使い果たし、クロエは言うに及ばず。
戦えるとすればマリンだけ。だが、セラフィナとの死闘での消耗は見てわかる程だ。

マリン  「……何れにせよ、満足に動けるのは私一人です。フレイさん達も戻ってこれないという事は、相当な傷を受けている筈……」
マリン  「…………これが成せるのは、私だけ……そして、私が決着をつけるべき事……です。」

テレプールに数歩足を進めると、少しだけ振り返りふ、と微笑む。
金のツインテールが、その動きに従って揺れた。

マリン  「…………安心してください。必ず彼女の目を覚まして、連れて帰って来ます。 そうすれば…… あとは、私の身体をどうにかするだけです。」
ルリ   「…………。マリン」

そっとマリンの頬に手を伸ばすと、引き寄せて、額を重ねる。
祈るようにも、託すようにも思える行為。瑠璃の色を取り戻した瞳が、じっとマリンの琥珀を見つめた。

ルリ   「……信じてるよ。…………いってらっしゃい」
マリン  「ルリ…………。…………はい。必ず、二人で戻ってきます。」

はにかむように笑って、息が触れ合いそうな距離で、囁くように応えた。
その様子を見ていたクロエが、少しずつ痛みの引いてきた身体で腕を伸ばし、自らにレスタを施し始める。

クロエ  「……マリン・ブルーライン。貴女の母親はまだ此処にいるの?」
マリン  「……私にはわかりませんが。あの施設が崩壊した時点で、もうリュケイオンにいる意味は無くなるのではないでしょうか……」
クロエ  「そう。それなら、わたしの目的は果たされたわね。……どうぞ、バッドエンドでもハッピーエンドでも、お好きな道に進むといいわ」

満足そうに瞼を伏せ、痛みを逃すためか、それとも笑ったのか。小さく一つだけ息を吐く。
そして話す事はもう無いと言わんばかりに、マリンの方へ視線を向ける事もなく、身の傷を癒すテクニックの光に集中し始めた。

マリン  「…………。……クロエさんも、ありがとうございました。助けになってくれて…… ……そして、母を殺さずにいてくれて。」
ルリ   「……髪を……。あとで、整えましょう。……怪我させずに帰すって言ったのに、ごめんなさい」

炎に焼かれ、すっかり短くなってしまったクロエの毛先。
ルリはそれを惜しそうに見つめてから、身体を引き摺るようにしてテレプール前へ立つ。

クロエ  「………わたしは、貴女たちを助けるわけではないと、言ったはずですが。…まあ、感謝したいのなら好きにしなさいな」
クロエ  「……ただ、これ以上言い募られても鬱陶しいので。早く行って下さらないかしら?」
ルリ   「ふふ。これ以上、気疲れさせても……仕方ないですね」

最後まで素気ないクロエに小さく苦笑して、もう一度マリンを見る。

ルリ   「…………また、あとで。ね」
マリン  「…………はい。ルリも、くれぐれも気をつけて。」

最後に、二人無言で頷き合って。
ルリとマリンの姿は、同時にテレプールへ消えた。

残されたクロエは依然治癒に集中していたが、ふと窓の外を見る。
地上では変わらず赤い光が、無差別に破壊を齎していた。

クロエ  「……“あの時”よりはずっとましになったようだけど」

ぽつり、と呟く声は、誰に聞かれることもない。

クロエ  「セラフィナ、貴女の自慢の娘は。……今度こそは、それに足るかしらね」

地上を進み続ける赤い光。
それと対照的な、蛍色のレスタの光に照らされて、猫の眼が瞬く。
その眼が見届ける終幕は、喜劇になるか、悲劇になるか。今は未だ、誰にもわからない。


  • 最終更新:2017-09-26 01:24:20

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード