Unfathomed Force 1

研究施設・正門前。
夜闇も深まりつつある中、クロエ、マリン、ルリの三人は周囲の物陰に身を潜め、機を窺っていた。
先にロミオやフレイが突入した塔からは、激しい戦闘による破壊音が、幾度となく此処まで聞こえてきている。

マリン  「………………」

両手の指を絡め、隠し切れない不安を表情に滲ませ西の塔を見上げるマリン。
塔の機能を落とさない限りは攻め込む事ができない以上、この場で待つしかないのがもどかしい。

その時ふと、身を休めて目を閉じていたルリの瞼が開く。
なにかを予感するよう、緑青の両眼はひたと一点に定められた。

ルリ   「…………お疲れ様」

誰に言うともなく呟き、戦闘衣に包まれた左手を、刻まれた傷を、労るようなぞる。

マリン  「……ルリ? 何かあったのですか?」
ルリ   「……ううん。ふふ」

秘密めいて微笑むと、背筋を伸ばすルリ。
構える正門へと、剣のように鋭い眼差しを振りかざした。

ルリ   「……そろそろ、かな、って」

その言葉から間を置かず。マリンの端末が小さな機械音を鳴らし、同時に正門に展開されていたカーテンのようなフォトン障壁が、霧が晴れるようにすぅ、と消滅していく。
それは塔の破壊に向かっていたロミオとフレイが、見事任務を達成した事を意味する。

マリン  「……! 障壁、消滅を確認……! 二人とも…… ……ありがとうございます……」

マリン  「(……無事、ですよね……? 私達が帰ってきたら、笑って迎えてくれますよね……?)」

目的には辿り着いている――――それがわかっていても、先程までの塔そのものが崩れてしまうのではないかという程の破壊音に、不安を拭い去る事ができない。

再び塔を見上げるマリン。そこでようやく、これまで口を開かなかったクロエがゆっくりと立ち上がる。
気のない顔で、塔でもなく、門でもなく。どこかを見据えながら、腰に提げたレイピアの鞘をするりと撫でた。

クロエ  「感傷に浸るより、急いだ方がよいのではなくて?…マリン・ブルーライン」
マリン  「あ、……ごめんなさい、その通り、ですね……」
ルリ   「……大丈夫。ロミオも、フレイさんも。ふたりとも、すごく頑丈だし」

ルリが鋭く、その守りを解いた正門を睨め付ける。
しかし、唇にはいつもの笑みを湛えたまま。それがマリンの不安や緊張を幾らか和らげる。

ルリ   「……今度は、私たちの番」

応えるように、小さく頷くマリン。絡めていた指を解いて、白と蒼の飛翔剣をその両手に実体化させる。

マリン  「……進路は開けても、既に生み出されている敵はそのままです。 二人とも、準備は良いですか?」

ルリが薄紅色の翼を模した魔装脚で冷たい床を蹴る。こつん、と軽い響きと共に、炎と氷のフォトンが励起した。
それは砥石となってマリンやクロエの剣にとりつき、防具となって二人の身を守る。結い上げた赤い髪を微か揺らして、ゆっくり笑んだ。


ルリ   「もちろん。……よろしくお願いしますね、マリン、クロエさん」
クロエ  「………」

一方クロエは、対照的に無表情、無感情のまま。
しゃららという鞘擦れの音を鳴らし、剣を抜く。

クロエ  「ただの剣に聞くことでもなければ、ただの剣に言うことでもないわね」

ウェーブのかかった、美しい髪が宙に漂う。
一言だけ口を開いたかと思えば、一瞬にしてマリンの側を横切り、単騎で正門前、フォトン体の群れへと突っ込んでいた。
あっ、というマリンの声も置き去りに、風のような速さで早くも一体を貫き、仕留める。

調子を狂わせられるマリンだったが、すぐに表情を引き締め直した。

マリン  「……行きます!」

クロエに続き、振り抜いた二つの剣がフォトン体を上下に両断する。
開けた門の前を守っているのは十体余り。 指揮官も存在しないフォトン隊は、突然の奇襲に浮足立っている。

刃の色で戦場を塗るマリンとクロエの後ろから、フォトン光の羽根が舞った。
一段、二段、ルリは空に跳び躍り出ると、魔装脚から閃光の礫を放つ。
甲高い鈴のような音を鳴らして風を切る礫は、後方の弓兵銃士の眉間を撃ち抜いていく。

白兵戦で、フォトン体達はクロエとマリンに対抗できない。
上空からの攻撃で、それを補うための後衛隊が一体、また一体と潰れていく。
慌ててルリへ弓の狙いを定める残り数体の四肢を、フォトンブレードが貫き達磨にした。

最後に残った前衛三体が、せめて一人だけでもと考えたのか。
三方向から剣や槍を振り上げ、クロエを囲む形で迫る。

クロエ  「……ふふっ」

自らよりも大柄なフォトン体たちを見上げ、艶やかに、そして淑やかに笑う。
勢いよく一斉に武器が振り下ろされるが、そこにクロエの姿は無い。

フォトン体の首がみっつ、音も無く落ちると同時に、三本重なった刃の上に彼女が降り立つ。

クロエ  「御免遊ばせ。退いてくださいね」
マリン  「…………」
ルリ   「ふふ。ふたりとも、流石ですね」

残る敵を一掃したクロエに感心の目を向けた後、倒れ伏したフォトン体を荒々しく踏みつけ。
守りが全滅しがら空きになった正門に、マリンが突入する。

マリン  「……進みます。 ついて来てください!」
ルリ   「……行こう!」
クロエ  「……」

中央のマリンを先頭にして、研究施設の中を三人が駆ける。
走りながら周りを見回せば、様々な装置や設備が取り付けられているが、動いている様子は無い。
そもそも何に使うのかもわからない設備が並んでいる中を、ただ駆ける。

人の気配も感じられない中、ひたすら奥を目指して駆けながら、ふとマリンが口を開いた

マリン  「……クロエさん。 何故、以前森林エリアでお会いした時にあのような事をしたのか…… ……やはり、話しては頂けませんか?」
ルリ   「……?」

以前、マリンとクロエが刃を交え、クロエが負傷しマリンの心が壊れた一件。
それは元々、クロエの言葉にマリンが激昂した事に端を発するものだ。

真意を問うマリンに、猫のような仕草で眼を向けたクロエが、そのリップに塗られた唇の端を微かに引き上げる。

クロエ  「何故、それを話す必要が?今、貴女に、些事を気にしている余裕があるのかしら」
マリン  「余裕はありませんが、それだけに余計な迷いや疑問は解消しておきたいのです。あれは、マクベス卿のための行為とも思えませんでした。のであれば、何故嘘を伝えてまで……と。 …………話したくないというなら、無理は言いませんが」
ルリ   「……そういうことなら、協力する義務はある、と思いますよ。剣のくせに削ぎ落とせないものがあると、報告されたくないでしょうし」

マリンに同調するルリに、つまらなそうに一瞬視線を向けるクロエ。

クロエ  「失礼な方達ですわね。貴女達には嘘なんてなにもついていないというのに」
マリン  「しかし実際に……」
クロエ  「わたしがセラフィナ・ブルーラインを“殺した”と、言ったかしら?よく思い出してごらんなさいな」
マリン  「……でも、嘘をついていないとしても誤解を招くような表現をする理由が、」

マリンが更に追及しようとした時、駆ける三人の側面から、フォトン体が一体ずつ顕れ跳びかかって来る。
待ち伏せによる奇襲。クロエの背後に迫るフォトン体の影を視認したマリンは、声を発そうと口を開き――――

言葉を発する前に、背後を見ようともせずに払った掌から発せられた火球が、フォトン体を消し飛ばした。

クロエ  「誤解を招く?…ふっ、すぐに頭に血の昇るような、がさつな淑女は可愛がってもらえませんよ?」
マリン  「むっ…………」

ルリ   「えい」

一方のルリは、間の抜けた掛け声とは裏腹に、容赦も躊躇も無く襲って来たフォトン体の顎に蹴撃の雨を降らせる。
脳震盪を起こしたかのように仰向けに倒れたそれは、床に崩れ落ちる前に霧散した。

ルリ   「もう、またそうやって。……どうして、誤解させたり、怒らせたりして、マリンとそうなっちゃったのか、ってことでしょう」
マリン  「……わかりました、もう聞きません。でも、今くらいはちゃんと力を貸してくださいね?」

のらりくらりと追及を躱され、むっとした表情を抑えられないマリン。

そこで、ひたすら最奥を目指して走る三人の前方に、一際大きな扉が見えた。
その前にはやはり、防衛機構であるフォトン体が十体近く待ち構えている。

マリン  「……はぁっ!!」

先頭を走るマリンがデュアルブレードを一閃すると、心なしか八つ当たりにも見える程の激しさで、宙からフォトンブレードが爆撃のように降り注いだ。

クロエ  「……ふふ、がさつなのはだめだと言ったのに」
クロエ  「勿論、主の言いつけですもの、きちんと戦いますわ」

愉快そうにその後姿を眺めるクロエが、ふわりと宙に手を滑らせると、並んだ火球が焔の波となって体勢を崩したフォトン体に押し寄せる。
それを後押しするように、ルリが励起させたシフタが吹き上がった。

ルリ   「ああいうところが、可愛いでしょう?」
クロエ  「子供のようで、困ったものね。……女に夢見て、そして夢破れる殿方たちの気持ちがわかった気がするわ」

さらり、とピンクブロンドの髪を流すクロエ。
接近すらも許されず、フォトン体達は纏めて光の塵と消えた。

その上を踏み越え、三人は扉へと突入する。
これまでの施設内部とはがらりと雰囲気の異なる、広大なホールが三人を迎えた。

マリン  「…………此処は…………」

広い部屋の中は薄暗く、電気照明が点いていない――――しかし何処からか、赤い薄明かりに照らされ室内の様子も何とか判別できる。
部屋の隅には人が一人入るようなカプセルが並んでいるが、動いている様子はない。

レーダーマップと照らし合わせても、此処が最奥のようだ。
そして、高い天井を見上げれば、赤い薄明かりの発生源がわかる。

赤く輝く、巨大な光の繭―――― そうとしか表現できない、異質な存在。

ルリ   「…………何、だろう……」

研究器具ばかりが並ぶ部屋の中、天で薄く輝く光の繭。
その不調和に、どこか肌寒さを感じる。

クロエ  「…そう。何を企んでいるのか知らないけれど、あの女はやっぱり趣味が悪かったようね」

それぞれが部屋の様子を眺めていると、前触れも無く、薄闇からかつ、かつという靴音が響く。


「人の命、人の身体の創造。神の業、人の夢」


続いて聞こえる、透いた女性の声。
薄闇に溶ける黒いローブから零れる、明るい金の髪を揺らし、それはにこりと笑顔を見せた。
まるで、はじめからその場所に立っていたかのように。

セラフィナ「ごきげんよう、ルリさん、クロエちゃん、マリン。 遠いところから遥々、よく来たわね」

マリン  「……母さん……!」
ルリ   「……あなたが……」

予測はできていた。しかし実際にその顔を見れば、マリンの全身が緊張する。
初対面のルリも、油断無くその姿を観察している。

クロエ  「まるで自分の城かのような言い草ですね。此処が誰の艦かお忘れかしら。…よくも堂々と、戻ってこれたものだわ」

クロエ  「わたしの意図が通じないほど、愚かな女だったということですか?貴女は」

数年ぶりの再会となるクロエ。するりと抜いたレイピアの刃が、薄赤の光を反射して輝く。
甘い声音ながら、冷たい眼差しがセラフィナを射抜いた。

セラフィナ「久しぶりね、クロエちゃん。もう会えないかと思ってたけど、どうしても設備が必要だったから戻ってきちゃった。 うん、予想はしてなかった事だけど、再会の幸運には感謝しないとね?」
クロエ  「……はっ」

場違いに思える程に明るいセラフィナの声。それを聞いて、クロエが鼻で笑い表情を歪める。

セラフィナ「あなたの隣にいるマリンが死に掛けているんだけど、知ってる? だから、親として助けるの。もうひとりの“マリン”を殺してね?」
クロエ  「腹の見えないところは、何一つ変わっていないということね。…愚かな母親だというところも」
ルリ   「……もうひとりの……」

セラフィナが天を示すように片手を掲げる。
血のような、紅玉のような鮮やかな赤。それはマリンやルリもよく知っている色だ。

ルリ   「じゃあ、あれは」
セラフィナ「そう、リンちゃんは此処にいる。 まだ目覚めていないけれどね。」
セラフィナ「もうすぐ、彼女が起きる。そうしたら、彼女の命を貴女のエネルギーに変換して私の計画は完了よ、マリン。」
マリン  「………………。」

人の命を奪うと宣言するセラフィナの表情は、変わらず微笑みを湛えている。
悲痛に表情を歪めるマリンだが、何も言葉を紡ぐ事なくセラフィナを見据える。

ルリ   「……良かった。安心しました」

マリンの隣へと寄り添うルリの手には、いつしか剣が握られている。
短杖というには鋭すぎる。抜剣というには軽すぎる。
ただその刀身は、焦げ付くほどの光を孕んでいた。

ルリ   「手遅れにならなくて」

刃を鋭くしならせると、笑みを消した眼差しでセラフィナに向けた。
それでも向けられた当の本人は緊張感に欠ける態度を崩す事なく、にこやかに笑みを浮かべる。

セラフィナ「ルリさん。日頃からマリンがお世話になっているそうね? まずは礼を言います。」
セラフィナ「それから、ひとつ約束して欲しいの。もし今から私が勝って、私の目的が成った場合の話なのだけれど。 リンちゃんを犠牲にしてマリンが生き残っても、変わらずマリンと接してくれるかしら?」
ルリ   「あなたとする約束じゃない」

ぴしゃり、と短く答えて。くるりと剣を翻す。

ルリ   「……私はマリンの味方で、親友。それはあなたに請われたことじゃない。何が起こっても変わらない。……そしてマリンが望むなら」
ルリ   「…………あなたの目的は、成らない」
セラフィナ「ふふ、そう。これ以上ない答えだったわ、ありがとう。これからもよろしくね? それから――――」

セラフィナ「クロエちゃん。廃棄扱いの私を助けたのはあなたなのに、随分意地悪なフリしたそうね? ダメよ、もっと素直にならないと。」
クロエ  「助けたつもりはないですよ。貴女はもう少し賢い女だと、期待したからこその行動だったのだけれど。……でも、ええ、後悔はないわ。こうして改めて、貴女を処分できるのだから」

面白がっているように笑いながら、セラフィナはあっさりと、先程のマリンの疑問に繋がる真実を話す。
肩越しにちらりとクロエを見るマリン。それに構わず、クロエは微笑みすら浮かべながら剣の切先を向ける。
その剣の向く先は、真っ直ぐセラフィナの首元。

クロエ  「二度と我が主の庭を汚さないよう、不要物は取り除かなければ。そうでしょう、メイド長?」
セラフィナ「ふふ、相変わらずお仕事熱心ね。そういう所、昔から好きよ、クロエちゃん。」

依然微笑み、自らの首の前で、水平にしたてのひらを下に向ける。
それを払うようにして――――切り捨てるジェスチャー。

セラフィナ「今度は、間違えちゃダメよ?」

クロエ  「……間違えてなどいないと、言っているでしょう」

苛立ちの代わりに、唇が引き上げられた。
瞬時にクロエの姿が立ち消えたかと思えば、次の瞬間その姿がセラフィナの眼前に現れる。
レイピアの本領である突きの体勢。同時に、クロエの火球がセラフィナの周囲を囲み、退路を封じる。
避ける先が無いのでは満足な回避はできない。セラフィナは微動だにしないまま、クロエの剣にその身を貫かれ――――

その瞬間、花が散るように、その身が青い火の粉となって弾けた。

貫いた剣の手応えによって、クロエは他の二人より一瞬早く、分け身を貫いた事を知っただろう。
炎の分け身にすり替わりまんまと攻撃を抜けたセラフィナは、寸分変わらぬ姿勢で少し離れた場所に立っていた。

セラフィナ「マリン、あなた以外は準備万端みたいよ? ふふ、それじゃあ……始めましょうか。……あなたのための、小さな小さな闘いを。」

セラフィナ「 《蒼き業火》、セラフィナ・ブルーライン。……参ります。」

蒼き瞳が妖しく細められる。
天に向けたてのひらに、蝋燭の火を吹くように息を吹きかけたかと思うと、蒼炎がぶわりと広がる。
炎はセラフィナを中心にして円状に広がり、マリンやルリ、クロエを円の中に巻き込んで、四人を囲む焔の壁をホール内に作り上げた。
それはさながら、蒼き炎の闘技場。

ルリ   「…………」
ルリ   「……マリン」
マリン  「…………ルリ…………」

熱気が頬を撫でる。
ルリの瞳に映るマリンの表情には、依然隠しきれない戸惑いが滲んでいる。

胸の前に持ってきた、何か小さい――――ピアスのような物を握った片手を、もうひとつの手で強く、ぎゅっと包む。
そして、静かにそれを解くと、再びその両手に飛翔剣を実体化させた。
ルリに小さく頷くと、決意の琥珀がセラフィナを捉える。

マリン  「…………行きます、母さんッ!!」

無数のフォトンブレードが宙を舞う。
迷いが完全に晴れたわけではないが、自在に舞うフォトンブレードを操る精度に一切の狂いは無い。

でありながら、360度あらゆる角度からセラフィナを狙って放ったそれは、何れも掠る事すらしなかった。
最小限の身の動きでフォトンブレードを避けたセラフィナを、炎の外周に沿って並ぶ火球と黒球が取り囲む。
先程逃げられた瞬間から既にチャージを開始していたクロエのテクニック。それが三日月型のフォトンの刃と化し、追撃として飛来した。

セラフィナが片膝と片手を床につく。すると地から、蒼い火柱が何本も天に昇る。それは周囲から迫る黒と赤を下から突き上げ、混じり合い飲み込んでいく。
ルリが高く剣の切先を突き上げると共に、二つのフィールドがマリンやクロエの身を包む。炎により隔離され、限られた空間の中ではその加護も届け易い。
補助テクニックとフィールドによる励起が味方の攻撃を後押しし、蒼き炎と激しく拮抗する。

ルリ   「(…………それに、しても!)」

依然、切先はセラフィナに程遠いと感じる。
事実ルリの支援にブーストされながらも、クロエのテクニックやマリンのフォトンブレードは、セラフィナの炎柱を突破できない。

セラフィナ「……今度は、私から行こうかしら――――」

掲げたてのひらに、蒼きフォトンが集束する。
マリンに向かいその手を突き出すと同時に、業火が燃え滾るような重いチャージ音。
地の底から轟くが如きそのフォトンに、マリンの本能が警鐘を鳴らす。

セラフィナ「一撃で――――終わらないで、ねっ!!」

フォトンブラスターの大口径ビームを思わせる、太く巨大な蒼き炎の奔流が奔る。
床を抉り、発射の衝撃が地を揺らす。 寸での所で回避行動をとったマリンの真横を、破壊の炎が駆け抜けていく。

マリン  「……う、ぐ……ッ!」

避けたというのに、その衝撃はマリンの身を弾き飛ばした。
ルリのフォトンの加護を受け、辛うじてコロッセオの壁に叩きつけられる事なく、受身をとる。

炎の矛先はマリンだけには留まらない。
あれだけの威力を持ちながら、然程再チャージの間を置かず二撃目がクロエに迫る。

初撃がマリンに向けられた時点で、クロエは既にその対策を施していた。
レイピアに二本の指を滑らせると、それを辿るように桃紫の炎が刃に纏い、本来抜剣にあるべき刃の形を描く。
即座に鞘に仕舞い、居合を構えたときには、既に二撃目の炎砲が迫っているが――――

クロエ  「……はッ!」

刹那の居合い。蒼き豪炎が二つに両断される。
しかしその代償はゼロではない。たったの一撃で剣に付与した炎フォトンはかき消え、刃の輪郭すら、ほんの少しではあるが溶けかけている。

クロエ  「……っ規格外ね…!」
ルリ   「…………ッ!」

二人の身を案ずるよりも早く、第三の蒼炎がルリにも迫る。
業火の奔流はそのままルリを飲み込んだかと思えば、その姿が陽炎の如く掻き消えた。
ミラージュエスケープ。

しかし炎の直撃を回避する事はできても、空気を揺るがす程の余波、その衝撃を打ち消す事はできない。
咄嗟に剣の柄を咥えると、獣のように四つ足をつく事で吹き飛ばされた勢いを殺した。

ルリ   「…………ふー……ッ」
マリン  「ルリ…………クロエさ………… ……ッ!?」

何とか体勢を持ち直すマリン。だが、セラフィナの姿が消えている事に気付く。
直感に身を任せ、咄嗟に飛翔剣を眼前でクロスさせた。

セラフィナ「はッ!!」

マリンの頭上から、急降下するセラフィナが迫る。
いつの間にかその手に握られていたのは、炎をそのまま刃にしたような蒼い両剣だ。

ガキィ、という音が響き、振り下ろされた両剣の斬撃を何とか二振りの剣を駆使して受け止めたものの、二つの剣がみしみしと悲鳴を上げた。

マリン  「…………く、ぅ…………ッ!」
ルリ   「……あァッ!!」

ルリが雄叫びと共に剣を翳すと、幾筋もの光の矢がセラフィナ目掛けて放たれる。
マリンの剣を弾き、後方に跳んで避けるセラフィナ。
すとんと着地するが早いか、両剣を二振り。その斬撃はX状の衝撃波となり、地を抉りながらルリに迫った。

その斬撃の真横から、複数発のラ・フォイエが炸裂する。
斬撃を打ち消すには至らないものの、軌道が逸れ斬撃波はルリの脇を抜けた。
目標を外れた斬撃が部屋の隅を吹き飛ばす轟音すら囮に、ラ・フォイエを放った主――――クロエはセラフィナの背後へ滑り込み、神速の突きを放つ。

完全に背後をとった――――そう思われたが、死角と思われたセラフィナの背前に業火が壁となり燃え上がる。
剣が炎に包まれ、じり、と剣の輪郭が白熱するのを視認した。

セラフィナ「大きくなったのね、クロエちゃん。 マクベス様のためかしら? それとも、生き残るため?」

即座に剣を引き抜くクロエに、すかさず反撃の両剣を翳す。
その時、一瞬コードのような赤い光が、両剣の持ち手から炎の闘技場の外側まで伸びているのが見えた。
しかしそれもすぐに消え、見えなくなり――――咄嗟に翳したクロエの剣とセラフィナの両剣が交差する。
力ではセラフィナが大きく有利。でありながら、クロエは笑みの形に唇を持ち上げる。

クロエ  「貴女のような“外敵”を排除するため…よ!」

まともに力同士をぶつからせるのではなく、レイピアを滑らせるように両剣の力をいなす。
そして砂をかけ目を潰すように、小さなメギドの黒球をセラフィナの眼前で炸裂させた。

セラフィナは反射的に後ろに退く。 距離を空け仕切り直す事こそがクロエの目的だ。

マリン  「母さん――――ッ!!」

退いたセラフィナの頭上から、滑空するようにして飛翔剣を構えたマリンが迫る。
再び激突する飛翔剣と両剣。ぎりぎりと鬩ぎ合うが、セラフィナの力はマリンの想定を遥かに超えていた。

有利な間合い、位置関係で、こちらから攻撃を加えたというのに、じわじわと押し返されている。
轟、と両剣が炎を纏う。セラフィナが鋭くそれを振りぬくと、マリンはいとも容易く弾き飛ばされた。

マリン  「きゃ、ぁ…………っ!!」
ルリ   「マリン!!」

燃え上がる炎壁に向かって、真っ直ぐに吹き飛ばされる。鋭い声と共に、ルリが即座にそれを追った。
素早く肉薄し、その背を抱きこむ事には成功したが、勢いを殺す事はできず諸共に炎壁が背後に迫る。
それなら。と、バリア代わりの光球ナ・グランツを背に展開。光と炎が鬩ぎ合い、汗すら蒸発する程の熱を発した。

先程ルリを狙って放たれた斬撃は逸らされたが、それがもたらした真空波はルリの頬や肩にいくつかの傷を作っている。
その傷口を、高熱の余波に炙られ、ルリが表情を歪めた。

ルリ   「……ぐ……!!」
マリン  「ぁ、っ…………!」

ルリとそのテクニックが緩衝材となった事で、それに守られたマリンは無傷に近い形に留まった。
素早く体勢を立て直すが、自らを庇ったルリを案じて振り返る。

マリン  「……ご、ごめんなさい……! 大丈夫ですか……!?」

クロエ  「散りなさい、ジェンツィアーナ!」

二人を案ずる事はなく、むしろ囮にするように――クロエが地上に月を描くように刃を振り抜く。
剣撃が漣のように地を奔り、更に剣を持たない側の腕を真横に翳すと、ダメ押しと言わんばかりに黒闇の腕が幾本も生まれ出でてセラフィナに迫る。
剣とテクニックの複合攻撃。対処の難しさも並みではない。

である、筈なのに――――それがセラフィナに届く事はなかった。
片手で正面を指差すと同時に、巻き上がる炎の奔流。剣撃がセラフィナに到達する寸での所で、蒼い炎の壁が剣撃と闇の腕を飲み込む。
力も小手先も全て等しく飲み込む炎の壁。スピードにおいてはクロエに利があるものの、明らかな火力の差が攻撃を届かせる事を阻んでいた。
ちっ、と小さく淑女にあるまじき舌打ちを零す。

セラフィナ「頑張るわね。でも、此処にマクベス様はいないわよ? 褒めてもらえなくても良いの?」

反撃に片手を翳す。やはり一瞬、両剣に繋がる赤い光が見えた。
その手から、クロエを飲み込もうとする龍の顎のごとき炎の奔流が、二、三発と放たれる。

クロエ  「(やはり普通に戦ったところで、埒が明かない。この女の実力など知る機会はなかったけれど、予想を遥かに超えるポテンシャルを持っているのだとしても、仕掛け無しの生身ひとつにしては出力が高すぎる……)」

であれば、と時折ちらつく赤い光の正体を見極めようとする。
言葉を返す事もせず、蒼炎を回避する動作を可能な限り最小限に済ませ、ひとつきりの青い眼を細めて。

だが、片手間で捌ける程の攻撃、熱量ではない。
炎砲のひとつが頭に当たりかけ、ぎりぎりに逸らした顔の右側、薔薇を飾った眼帯を焼いた。
再び忌々しそうに舌打ちを落としながら、燃え上がろうとする眼帯を千切るように外し、捨てる。
金の猫眼と青の人の眼、ふた色の眼で、なお観察のためセラフィナを睨んだ。

クロエ  「……何か、あるはずだわ」




  • 最終更新:2017-09-26 01:02:53

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード