The Decisive Collision C

識別名クーガーNX―― 未だ詳細の判明していない機甲種のようなエネミーが倒れ、弾ける。
街の外れまでやってきたが、これによって市街地内の敵性存在は全て鎮圧されたようだった。各員が武器を収め、軽く息を吐く。

荒れた公園や小さな家が並ぶ、人の気配のない景色をざっと見渡す。


マリン 「敵も引き上げたみたいだし、これで一件落着かしらね。」
イオリ 「そうだねー」
ルリ 「……うん。目立った敵影もなさそうだし」
フレイ 「しかし、ひどい有様だな……この艦は廃棄になるかもな」
シャムシール 「…それだけ、犠牲が出たってことですよね。」
マリン 「…………」

フレイの言葉に、リンの表情が神妙なものになる。
もう一度辺りの様子を見回すと、感情の読めない静かな声で切り出した。

マリン 「……ねぇ、ちょっと昔話してもいい?」
イオリ 「昔話…?」
ルリ 「……」
シャムシール 「聞かせてください。ちょっと、興味あります。」
マリン 「……ん。 じゃあ。」

シャムシールの言葉、そして他の三人の視線を肯定と判断して。
腕を腰で組み、辺りを適当に歩きながら、ぽつぽつと話し出す。

マリン 「昔々、いやほどほどに昔、あるところに少女が住んでいました。」
マリン 「少女は生まれつき体が不自由で、1人では歩けない身でした。」
マリン 「だから、自分の意志で外に出ることもないまま、退屈な毎日を過ごしていたのです。」

四人はリンの姿を目で追いながら、その脈絡のないはずの話に耳を傾けている。

マリン 「そんなある日、少女の前にちっこくてバカっぽい少年が現れ、こう言いました。」
マリン 「「僕と遊びませんか」」
イオリ 「王子様だねー」
ルリ 「oO(……体の不自由な女の子、と……男の子……)」

ルリが思考を廻らせて、王子様、という言葉に反応してリンが首を傾げた。
昔話はなお続く。

マリン 「少年は変な奴でしたが、初めて友達と遊ぶことができた少女はとても喜びました。」
マリン 「毎日、体の具合が許す限り少年と遊び、これから先もそんな日が続くと思っていました。」
マリン 「でも、そうはいきませんでした。 二人の前にダーカーが現れ、少女を殺してしまったのです。」
シャムシール 「……。」
ルリ 「……そんな」

ちら、とシャムシールの視線がリンの表情に向いた。

マリン 「少女は未練でいっぱいでした。 まだまだしたいことがたくさんあったからです。」
マリン 「どうしても死にたくなかった少女は、あろうことか無関係な女の子の体に入り込み、この世にとどまろうとしたのです。」
ルリ 「…………」
イオリ 「oO(あれ…? 身体の不自由な女の子がダーカーに殺されちゃうって話、どこかで聞いたような…)」
マリン 「そしてとりつかれた女の子は、少女の怨み妬みからか、心を病み引きこもってしまいました。」

そこまで聞いて、フレイの眉がぴくりと動いた。
だが口を挟むことはなく、他の三人同様に話を聞き続ける。

マリン 「これで女の子の体は少女のもの。 少女は晴れてこの世に生き返ったのです。」
マリン 「でも、女の子は今も心の底に閉じ込められたまま。 少女には変な男の子が助けにきましたが、女の子には未だ助けは現れません」
マリン 「女の子はずっと、暗い底で助けを待ち続けているのです。」
マリン 「おわり。どう、面白い話だった?」

フレイ 「……随分、後味の悪い話だな」
シャムシール 「ハッピーエンドに導くのは難しそうですねぇ…」

リンの昔話は結末を迎えたようだが、当然と言うべきか皆一様に苦い顔、神妙な表情を浮かべている。
そんな中で、イオリが背を向けているリンを真っ直ぐ見据えて口を開く。

イオリ 「無関係な女の子…会いたがってる人がいっぱいいるはずだけど…」
イオリ 「もし、誰かがその子を助け出すことができたら…少女はどうなるの?」
ルリ 「……」
マリン 「……さてね。 いるべき場所に戻るんじゃない?」
イオリ 「…いなくなっちゃうつもりなの?」

何時に無く真剣な表情で、目線を逸らすことなく問うその言葉。
それに感情の読めない声でリンが答える。

マリン 「……イオリ、貴女は言ったわね。 二度目の人生じゃなくて、これから先にやっていけばいいって。」
イオリ 「うん、言った」
マリン 「ルリも、自分の先にやりたいことを重ねていけばいい…… って言った。」
ルリ 「……うん」
マリン 「でもその権利があるのは、こうして生きている、"自分の"体を持っている者だけなの。」
マリン 「死者にその権利はない。 たとえどんなに理不尽に先を奪われても、結果を結果として受け入れるしかない。」
イオリ 「…じゃあ…」

イオリ 「じゃあその少女と遊びたいって言った人はどうなるの!?」

穏やかな彼女が声を荒げ、リンの背にその叫びが響く。
涙混じりの言葉に、視線がイオリに集まった。

イオリ 「さっきしたばっかりの約束、もう破るつもりなんだ!?」
ルリ 「……イオリ」
イオリ 「ひぐっ…破ったら…っ…ひどいんだからね…」
マリン 「……悪いわね。 約束、先客がいるの。」

しゃがみこんで嗚咽の声を漏らすイオリに、マイペースなリンには似つかわしくない、本当に申し訳なさそうな表情で苦笑し、振り向く。
誰も声をかけることができず、沈黙の中すすり泣く声だけが聞こえ―― 話を聞いていたフレイが、じっとリンを見ながら口を開いた。

フレイ 「………ちょっと、いいか?」
マリン 「……なに?」
フレイ 「……さっきの話、作り話だろう?」

ルリがイオリの背を宥めるように擦りながら、シャムシールが一歩退いた場所で見守るようにしながら、フレイに視線を向ける。

フレイ 「…いや、確かに一部は、真実かもしれないな。どこまでが真実か、俺にはわからないけど」
フレイ 「とりついた少女の、妬み、恨みで、女の子は心の奥底に閉じ込められた。……俺は、これが本当だとは思えない」
フレイ 「リンが、マリンを封じ込めて生き返ったことを喜んでいるようにも、思えない」
ルリ 「…………確かに、本当にそうなら……もっと早い段階で、リンは、マリンを押し退けた、はず」
ルリ 「……リンが、マリンがそうなった、のは…………」
シャムシール 「………。」

フレイとルリの指摘に、リンは無表情を保ったまま答える。

マリン 「……本当だろうが嘘だろうが、そんな部分は脇道、どうでもいいことよ。 でも――」

そこまで言って、四人の顔を順に見て。次に荒れ果てた街はずれの様子をゆっくりと見渡した。

半壊してはいるけど、見覚えのある公園。慎ましく並ぶ小さな民家。

マリン 「……そう思う人間がいたなら、死に損ないの少女も少しは報われるかもしれないわね。」
マリン 「oO(……ああ、そうか、ここは―――


―――わたしが死んだ場所か。


ダーカーが現れて、あいつに怒鳴って、走り去るあいつを背中で見送って。
後悔も未練もあった。この世は全て理不尽でできていると呪った。


でも、怖かったけど、同じくらい嬉しかったのよ、ハル。

フレイ 「……どうでもいいことなんかじゃないだろう。悪い奴なんかじゃないんだ、少女は。どうしてそんな、偽悪的に語る?」
フレイ 「あの話がもし本当なら、…… 俺は、リンを殴ってでも、マリンを助けることになるかもしれない」
フレイ 「でも、そうじゃないだろ?……お前は言ったよな、本当の人間なんて他人にはわからない、でも、その姿が嘘なわけじゃないって」
フレイ 「俺も、こいつらも、もしかしたらマリンだって、お前のことを、そんな、邪魔な…死んだ人間だって、亡霊だって、思ってないんだ」
マリン 「そう。 それなら、わたしが善良な人間だったら、「マリン」は見捨てるの?」


今、「わたしを殴る」と口にするのも躊躇うような、馬鹿で甘くて優しい人達に「マリン」を託すことができる。

歪な形でも誰かを救えるなら、ちっぽけな"わたし"という存在にもきっと意味はあったんだ。


フレイ 「……それはできない。だけど、共に生きていくことはできないのか。今までずっと、そうしてきたんじゃなかったのか?」
マリン 「……」

フレイの言葉にリンは答えない。代わりにシャムシールに向き直り、口を開く。

マリン 「シャムシール。 貴方わたしが表に出てきたとき言ったわよね。 わたしに入れ替わったときと同じ方法を試せば良いんじゃ、って」
シャムシール 「…ん?えぇ、言いましたけど。そんな悪趣味な方法は、賛成できないですよ。」
マリン 「あれ、結構良い線行ってたわ。 あとごめん、わたしにも元に戻る方法は思いつかないって言ったけど、あれ嘘。」
シャムシール 「……。ここに、居たかったんですか?」
マリン 「……」

問われて、にこりと笑いかける。今から消えようとしている人間とは思えないほど、晴れやかに。

マリン 「そうよ。 自分の意志で歩きたかった。 お喋りしたかった。 ご飯を食べたかった。」
マリン 「だから、黙ってたの。 自分のエゴでね。 そんな奴が、悪霊じゃないって言える?」

ずっと自由な身に憧れていた。前世からの望み、と言ってもきっと間違いではない。
だからその自由を借りた。一時の夢でも偽りでも、それは確かに求め続けていたものだった。

シャムシール 「それは、抱いて然るべき望みだと思います。……良いか悪いか、判断するのは俺じゃないですけど。」
シャムシール 「…悪者になりたいのは、負い目があるからですか?」
マリン 「別に。 貴方達が持ち上げるのは勝手だけど、それはあの子を貶めるのと同義だと気付きなさい。」
シャムシール 「持ち上げてるつもりはありませんよ。…ただ、そう感じただけです。ほんとの悪霊だったら、」
シャムシール 「自分から、自分は悪い子でーすって言ったりしませんよ。まるで、責めてほしいみたいです」
マリン 「……。 ねぇ、聞いて。」

シャムシールが薄く笑ったのに対して、リンはどことなく寂しそうに言葉を紡ぐ。

マリン 「どんな手段を使っても、心の底で眠っている相手に声は届けられない。だから手段は一つだけ。」
マリン 「二つのものが入っている入れ物の中から、一つを取り除く。 それしかないの。」
マリン 「それを止めるなら…… 悪者は貴方達ね。 生者を生きたまま殺すんだから。」
シャムシール 「…マリンさんを助けたい、って誰よりも思ってるのは…もしかしたら…」

ぼそりと呟いたシャムシールに続いて、しばらく黙っていたイオリが意を決したように口を開いた。

イオリ 「…リン」
イオリ 「取り出した「もう一つ」は、捨てなきゃいけないわけじゃない」
イオリ 「もう一つ、入れ物があればいいんだよね…?」
マリン 「……あのね、そもそもこの身に入ったこと自体、やろうと思ってすんなりやったことじゃないのよ?」
イオリ 「つまり、やろうとしたことはないんでしょう?」
マリン 「きっと天文学的な数字で偶然が重なって、その結果の事故みたいなもの。 それがもう一度起こせると思うの?」
イオリ 「やってみなきゃ、わかんない…天文学的な数字だとしても」
イオリ 「リンがいなくなるなんていや、でもマリンにも会いたい…」
イオリ 「マリンを起こすためにリンがその身体から出なきゃいけないなら…リンが入れる「先」を作らなきゃ」

それは無茶な論理だ。人間の「中身」の移し変え、など並みの奇跡で為しえることではない。
しかし、既に一度起こっているのならそれは不可能ではない。その提案にリンが呆れたように笑った。

マリン 「天文学的な欲張りね、貴女……」
イオリ 「欲張るよ、当たり前じゃない」
イオリ 「大切な人の命が、2つもかかってるんだから…」
シャムシール 「一か八か、ってやつですけど。リンさんはマリンさんを助けたいみたいですし…」

イオリに続きシャムシールも口を開くと、軽やかに笑いちらりとフレイを一瞥する。

シャムシール 「ヒーローの出番じゃないですか?」
ルリ 「……」
フレイ 「………正直、そうしなきゃマリンを助けられない、って話は、納得がいかねえな…」

話を引き継いだフレイの顔は、シャムシールとは対照的に苦い顔だった。

フレイ 「今までだって、マリンの中からリンは周りを見ていたみたいだった。なのにどうして今度はそれができないのか、悔しいくらいだ」
フレイ 「………………でも、もし、本当に。リンをその体から退かすことでしか、マリンを救い出せないなら、……俺は、そうする」
フレイ 「俺は俺の恩人を助ける。……リンが助かるかどうかは、彼女の言う通り、奇跡的な確率だろうな…」

リンではなく、マリンを救う。
その言葉に満足した様子のリンは、笑って答える。

マリン 「じゃあ、安心して。 死ぬわけじゃないわ。 っていうかもう死んでるし、ね?」
マリン 「例えを変えると、シーソーってあるでしょ? 片方が沈むと片方が上がる。」
マリン 「つまりわたしが、今のあの子みたいな状態になるわけ。 だから、そうね……」
マリン 「今はこれ以外の手段はない。 だから「この先」で、あなた達が見つけて。 あの子の代わりに沈むわたしを助けてくれる手段を。」
マリン 「それができるのは、この先も生きていくあなた達だけ。 だから、ね?」

何もない、深い闇の底でずっと眠ったままだというのなら、それは死と変わらない。
"マリン"を救う手段がこの方法だけなのであれば、その逆も他の手段では不可能かもしれない。

それでも、しかめ面で歩み寄ったフレイがぐしゃぐしゃと髪を撫でつつ、前向きに言う。

フレイ 「……じゃあ、お前も一つ約束してくれ、リン」
マリン 「……ひどい顔。 ちょっとは笑ったら?」
フレイ 「いいか。俺は、俺たちは、俺たちと会話をして、共に遊んで、共に戦ったリンのために。」
フレイ 「生きているリンのために、もう一度お前を引き戻す方法を探すんだ。もう二度と、自分のことを死んだだの、悪霊だの言うな」
フレイ 「死人のために駆けずりまわるのはもうこりごりなんだ、俺は。……俺たちはこの先を生きる。お前も、また生きていくんだ」
フレイ 「わかったか、この、頑固。………大体こんなに、肉だの、食べることが大好きで、図々しくて、元気な幽霊がいるかっつーんだ」

びし、と鼻先に指を突きつけて、まくし立てるように。
そこまで言うと、同意を求めるように周りの顔を見た。

ルリ 「……」
イオリ 「元気な幽霊、って言い得て妙ですー」
シャムシール 「その通りですね…」
マリン 「……ふっ……あはははっ……」


それぞれが笑顔で応える。それに、リンが思わず笑い出して。
その様を穏やかな表情で見ていたルリが、ふと思い出したようにアイテムポーチを探り始めた。

マリン 「どうかしたの?」
ルリ 「……いれもの。これじゃ、ダメかな」
イオリ 「それは…?」

ルリの手には、七色に輝く小さな石が、流水が反射するように色を変えて置かれていた。

それはかつて、チームでウォパル海岸を調査した際に回収した、浮上施設を構築する一片。

イオリ 「きれい…」
ルリ 「……人の体じゃないし、自由に動けないけど。……少しの間、眠るだけなら、いいかもしれない」
ルリ 「リンは、…… ……これを、追って」
ルリ 「今度は、偶然じゃなくて。……自分で」

ルリが石にフォトンを込めると、それは白い光を帯び、薄く輝く。

まるで、闇夜の道標と煌く灯台のように。

マリン 「石、か……」
マリン 「あははっ…… つまらない車椅子に比べれば、破格の高待遇ね。」
マリン 「……ありがと。約束ね。」

小指を差し出し、指を絡める仕草。そんな動作の中で、リンが足元に何かを見つけ視線を落とす。

フレイ 「ああ、約束……、…どうした?」
イオリ 「リン…?」
マリン 「……これ……」

黒いチューリップ。

時間が経過しているのか萎れてはいるが、赤いリボンに結われ、この場所に供えられるように置かれていた。

ルリ 「……くろい、はな」
イオリ 「お供えみたい…?」
マリン 「……バカね。 忘れたほうが楽なのに……何も気にしてないふりして、バカみたいに覚えてて……」

花を両手で持ち、俯いて小さな声を零すリンの声は、少し震えている。

シャムシール 「……。」
フレイ 「……供えものに、黒い花ね。随分だな」
マリン 「……うん…… ホント、どうしようもない奴ね。」

少し微笑ましそうな目で仲間に見守られ、彼女はゆっくりと顔を上げた。

マリン 「でも、これで大丈夫。 それじゃ…… 暫くお別れね。」
イオリ 「…本当に、しばらく、なんだよね?」
マリン 「バカね、それは「この先」次第でしょ?」
フレイ 「ああ。必ずまた飯連れて行くからな、楽しみに待ってろよ?」
イオリ 「そっか…うん、そうだねっ」

シャムシール 「…こういう時は、いってらっしゃい、ですか?」
ルリ 「……それとも、おやすみ?」
マリン 「……ん、どっちでもいいわ。 でも、ひとつだけ……」

緩く微笑みながら、てのひらで軽く胸に触れ、自分の身を指す。

マリン 「……わたしのこと、覚えていて。 誰からも忘れられたらわたしは死ぬ。 でも、誰かから覚えられている限りは、ずっとここにいるから。」
イオリ 「忘れないよ、忘れるわけない」
イオリ 「絶対に、起こしてあげるから」

イオリがぎゅ、と身体を抱きしめてから、すっと離れて。

シャムシール 「…ねえ、リンさん。ほんとの身体は無くたって、貴方は思い出を残したから。それって、生きてるってことにしても、」
シャムシール 「いいんじゃないかなって思うんです。…忘れないですよ。」

シャムシールがにこ、といつものように柔らかく笑って。

ルリ 「……約束も、思い出も。ずっと、覚えてる」

ルリが静かに、強い意志を秘めた瞳を向けて。

マリン 「……ありがとう。」
マリン 「あ、そうそう、引き戻せはしても心はそのままだから…… 目を覚まさせる役目は、譲るわね。」
マリン 「めんどくさい上に手間のかかる子だけど……頼むわ、悪いけど。」
イオリ 「…ふふふっ」
フレイ 「リンのことも、マリンのことも、任されるよ。だから、お前も、約束。忘れるなよ。」

フレイが力強く、優しげな笑顔で頷いて。

4人を順に見て、満足げな顔で笑うと、リンは花を持ったまま4人に背を向け、数歩進む。

マリン 「……ん。」
マリン 「……それじゃ、またね!」
イオリ 「うん、またね!」
フレイ 「…またな、リン」
ルリ 「……また」
シャムシール 「また!」

一瞬だけ振り向いてにこりと笑うと、チューリップを勢いよく頭上に投げて。
持っていた双機銃を頭上に向け、ぱん、という音と共にそれを撃ち抜いた。

黒い花弁は儚い夢のようにひらひらと舞い、地に落ちる。
それと同時に、リンの身体は力を失ったように崩れ落ち―――それを咄嗟にフレイが腕を伸ばして抱き留めた。

フレイ 「……っ…」

目が閉じられ、ぴくりとも動かない肢体。しばらくしてその燃え上がるような赤い髪が、徐々に金糸の色を取り戻していく。
それはこの身体の主導権が、リンから移ったことを意味していた。

そしてその変化に呼応するかのように、ルリが持っている石が強く、招くように発光する。

イオリ 「リン…マリン…」
マリン 「……ん、……んん……っ」
フレイ 「…! マリン……?」

どれほどの時間が経ったのか。
フレイの腕に支えられながら、彼女が少しずつ、深い琥珀色の目を開く。
その瞳の色は、彼女が「マリン」であることを意味する色だ。

マリン 「………フレイ、さん……? どうして…… 私、は……」

長い時間心の裏で眠っていたせいか、状況を把握しきれていない様子で、寝ぼけたように全員の顔をぼんやりと見渡す。

イオリ 「マリン…?」
ルリ 「マリン、っ」
シャムシール 「良かった…!」
マリン 「……っ!」

全員が駆け寄ってきて数秒して、急に青ざめてフレイの手を振り払い、弾かれたように遠ざかる。

フレイ 「おい、急に動くと危ない…」
マリン 「……どう、して……? 私なんて、見捨ててもらえれば良かったじゃないですか……」

怯えたような表情で四人を見て、震えた声で「マリン」がその口を開いた。
何故自分がここに立っているのか、何故四人が此処にいるのか、全てを理解してしまった上で。
感情的に、金色の髪を振り乱しながら声を荒げる。

マリン 「悪いこと全て押し付けて、一人だけ綺麗ぶっていた私の何処に…… あのこを犠牲にするだけの価値があるんですかッ!?」
フレイ 「……犠牲になんて、してないよ。俺たちはリンを捨ててない。絶対助けるって、約束を…」
イオリ 「っ…!」

フレイの言葉を遮ったのはマリンの言葉ではなく、ぱぁん、という乾いた音だった。
イオリがマリンの頬を、渾身の力で平手打ちした音だ。

マリン 「……、痛……っ」
ルリ 「あっ? イオリ……」
フレイ 「っイオリ…」
シャムシール 「わ!?」
イオリ 「ばかっ!!」

手で打たれ赤くなった頬を抑えるマリンを始め、四人分の視線を受けて、イオリが叫ぶ。

イオリ 「私が…私たちが、どれだけ会いたかったか…」
マリン 「い、イオリ……っ」
イオリ 「ひぐっ…マリンに、また会えて、よかった…」

締め付けるような力でマリンを強く抱きしめ、嗚咽を漏らし始めてしまう。
半ば困惑しつつも、抱きしめられたマリンはイオリの腕の中で身動ぎするだけだった。

フレイ 「俺たちも、リン……彼女も、マリンを助けたかったんだ。強くそう願ってた。だから、「私なんて」だなんて、言わないでくれよ」
フレイ 「それに、リンはちゃんと、いる。「生きて」る。そうだよな、ルリ…」

フレイの言葉に、ルリは微笑み、手に抱いていた石を差し出した。
それはいつの間にか紅玉のような紅い輝きを帯びて、静かに呼吸するように明滅している。

ルリが丁寧にそれをガラスケースに入れると、まるでランタンのようになり辺りを照らした。
そのガラスケースを、マリンに手渡す。

イオリ 「あ、その石…リンの色に…」
マリン 「……これ、は……?」
ルリ 「マリンと一緒にいた、あのこ。……ちゃんと、来れたみたい」
ルリ 「……今は、眠ってる。でも、いつか……また、目を覚ましたときに。……マリンがいないと、寂しいと思う」
マリン 「…………」

渡された紅い石をじっと見つめ、噛みしめるように胸で抱きしめる。
そうして数秒過ぎた後、顔を俯けたままでマリンが問う。

マリン 「……ひとつ、聞かせてください。 ……その、リン、は……何故、この身体を私に託したんだと思いますか?」
マリン 「私は……そのまま彼女のものにしてもらっても良かった。 それだけの仕打ちを、私はしたのに……」
フレイ 「……ふふ、……ははは」
ルリ 「……」
シャムシール 「……。」

質問に対して真っ先に返ってきたのは、フレイの笑い声。
全員の視線を集めてから口元を手の甲で押さえ、それでもまだ少し笑いながら、フレイが口を開いた。

フレイ 「…………悪い」
フレイ 「……前に、リンとマリンは姉妹だとかなんだとか、言ったことがあるけど。…本当に、姉妹みたいだな、と思ってさ」
マリン 「……どういうことですか?」

心なしか不満げな声に対し、目を伏せ、穏やかにフレイが続ける。

フレイ 「きっとリンは、マリンとまったく同じように思ってた。リンこそが、マリンに「酷い仕打ちをした」と。」
フレイ 「まるで自分が悪者みたいに。……お互いに、お互いに遠慮して……いや、違うかな。素直じゃなくても、互いを大事に思ってる」
フレイ 「マリンが、その身を渡してもいいと思ったように。彼女に悪いと思ったように。…あの子も、そう思っていたんだとしたら…」
フレイ 「それは、理由にはならないか?」
マリン 「……」

諭すようなフレイの目と、縋るようなマリンの目が交わる。
息を飲んで数秒、マリンが他の三人に視線を移した。

イオリ 「先約があるって、言ってた」
イオリ 「リンがマリンにこの身体を返すことで、きっとその約束を果たすことができるんだと思うけど…」
ルリ 「……ふふ。一体、誰としたんだろう……」
イオリ 「でも、嫌々してるようには見えなかった、かな」
イオリ 「きっと、マリンのことを大事に想ってて…リンが、大好きな人」

考え込んだマリンだが、検討もつかないという顔で首を傾げた。
答えを出す代わりに、もうひとつ質問――というよりは、確認をする。

マリン 「皆さんは…… 私がこの身を使っても良いと、思いますか……?」
シャムシール 「…リンさんは、貴女に使ってもらうことを望んでいましたよ。」
ルリ 「……良いも、何も。マリンの体だし」
ルリ 「……私、これ治してくれるって約束、ずっと待ってるのに」

目を細めて微笑みながら、ルリが自らの顔の火傷を指して言う。

イオリ 「わ、そうなんだ…」
マリン 「…… ……そう、でしたね」

それに対して、はっとしてルリの顔をじっと見ると、しばらくしてふ、と笑って。

フレイ 「……… …俺も」
フレイ 「お粥。……また作ってもらうって、約束したんだけどな。……マリンがいないと、食えないなあ」
シャムシール 「あー、いいですね。俺もマリンさんの手料理食べてみたいなぁ…」

風に吹かれて、黒い花弁が散っていく。 余韻を引きながら、ひらひらと溶けていくように。
それを見送るように空を見ながら、フレイが冗談めかして言って。シャムシールがそれに乗るように笑い。

マリン 「……期待されているなら、私は……それに、答えたいです。」
マリン 「これからも、この先も、皆さんと共に戦っていきたいし、歩んでいきたい……」
マリン 「……それを、認めてくれますか?」

二人の言葉に苦笑するように笑って、ゆっくりと立ち上がる。
四人の視線をまっすぐに受け、琥珀の瞳に意志が宿る。

ルリ 「……期待、とか。そういうのじゃなくて……マリンがどんなに、自分の嫌なところがきらいでも」
ルリ 「私や、皆と重ねた約束とか、思い出とか、それはぜんぜん汚いものじゃない、から」
ルリ 「……おかえり、マリン。待ってたよ」

フレイ 「認めるも、何も。俺からお願いしたいくらいだ。……俺がここに居たいと思えたのは、マリンのおかげでもあるんだから」
フレイ 「……おかえり。これからも、ここに居てくれ。俺たちと一緒に」

イオリ 「私も、マリンとおんなじ気持ち」
イオリ 「もう勝手にどっかいっちゃったりしないでね?」
イオリ 「おかえりなさい、約束だよ、マリン」

シャムシール 「俺は…貴方がそう望むのなら。いくらだってお付き合いしますよ。」
シャムシール 「おかえりなさい。お久しぶり、ですね。」

それぞれの声、それぞれの言葉で伝えられる、「おかえり」の優しい響き。
思わず目の端から零れた涙を指で拭い、微かに震えた声でそれに答える。

マリン 「……あり、がとう……っ」
マリン 「……ただいま、……ですっ」
ルリ 「……ふふ」

涙を拭いながら微笑んだマリンをイオリがぎゅっと抱きしめ、安心したよう微笑み三人がそれを見守る。
抱きしめられたマリンは、短い声を上げつつも先程渡された紅い石を見つめる。

マリン 「わ、っ…… ……名前、つけてくれたんですね…… リン、って」
シャムシール 「…そうそう、フレイさんが。」
ルリ 「フレイさんがね」
イオリ 「フレイさんだったのですねー」
フレイ 「……あー……まあ……うん…」

四人分の視線を受け、少し気まずそうに息を詰まらせてフレイが曖昧に肯定する。

マリン 「そうだったのですか…… ありがとうございます、フレイさん。」
フレイ 「…… …どういたしまして」

感じ入るように目を細めて微笑み、それにフレイも応えて。 するり、とイオリが身を離す。

マリン 「ふふ…… 私も、待つことにします。 いつか、リンと並んで歩くことができるのを……」
マリン 「さぁ、皆さん。 任務は終わったのですよね?帰りましょう、腕をかけて何か作りますから。」
イオリ 「わ、やったー、おなかすいてきちゃってー」
ルリ 「ほんとう? 楽しみ……じゃあ、ロミオにも、連絡入れるね」
シャムシール 「あっそれは楽しみですね!マリンさんの得意料理をぜひ…!」
フレイ 「そりゃいいな。リンは、料理は食う専門だったからなあ。……久々だ」

五人で笑い合い、任務とは関係もないなんでもない話をしながら、帰還用のテレポータに向かう。
もう引け目を感じることも、自らを責めることもない。今この仲間達に囲まれていることを誇りながら、共に歩いていく。

マリン 「ふふ…… お願いしますね、ルリ。 眠っている間に、腕が鈍ってなければ良いのですけど……」
マリン 「さぁ、行きましょう。 皆さん……本当に、ありがとうございました!」
イオリ 「はーいっ」
シャムシール 「終わりよければ全てよし、ってやつですよ。」
フレイ 「ああ、帰ろう。これからもよろしくな、マリン」

ルリの端末の奥から、ここにはいないロミオの声がする。

ああ、また彼らに私の料理を振る舞って、一緒に笑えること、貴女に最上の感謝を。
風に吹かれて舞っていった黒い花弁が、視界の遠くで翻り、煌いた気がした。




  • 最終更新:2016-03-20 23:50:00

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード