Inevitable StruggleB 2

完全に勝利を確信している、スコールの靴音が近付いてくる。

もはや立ち上がるのもままならない。
ぜえぜえと荒い息を零し、ただ死神の鎌が下りるのを待つだけだ。

――――しかし、それでも。
フレイの金の瞳からは、光が消えてはいない。

フレイ   「………ッッらああぁっ!!!!」
スコール  「!」

体内に残るフォトンを、振り絞るように励起させる。
無事な左腕を使って上半身を跳ね起こし、焼かれた右腕を丸ごと一本の剣にするように、渾身の力と共に大剣を振りかぶり、投げる。

腕の神経が崩壊するのも厭わない、完全に不意をついた一撃。
今にもとどめを刺さんとしていたスコールが、初めて驚愕の表情を見せる。

スコール  「……ぐ、ぉ……ッ!!」

弾丸のような大剣を、身を捻って避ける―――が、何せ至近距離で常識外れの奇襲。
腰の辺りを抉るように裂かれ、血飛沫が塔の床を染めた。

スコール  「……どういうことだ、これは。 手足をもがれて、そんな力が出るものか。 どんな手品を使っている?」

致命傷には遠いが、決して浅くない傷。剣を持たない側の手で傷を押さえるスコール。
だが、受けた傷の酷さで言えば、依然フレイの方が遥かに深刻と言えた。

無理矢理に動かした右腕が、激しく痙攣を起こしている。
激痛に苛まれていることが見てわかるほど、大量の発汗、異常な発熱を起こしながら。

フレイ   「あんたには、…ッぐ……一生、理解できない、だろうよ。……誰かを、何かを、約束を…っ守りたいとか、大切にしたい、とか。そういう、気持ちが、呼び起こす力、なんて……。あんたは、……俺より、遥かに強い。だけど、あんたには、持ち得ない力だ……っ」
スコール  「………………」

一瞬冷たく眼を細めるスコール。しかしすぐに、再び激しく哄笑する。

スコール  「……ふ、ふふ、ははははははっ!! 確かに、君の言葉も戯言と切り捨てられないようだ! 何せ私に手傷を負わせたのだからね!」
スコール  「 ……だが! 今の一撃で決める事ができなかった君に、これ以上何ができると言うんだい!? できると言うならやって見せてくれ、フレイ・フェミング!」

常に抑揚のないその言葉に、明らかな興奮が滲んでいた。
激しく乱舞する光の鞭。 その矛先はフレイだけに留まらず、壁や床を破壊の光が引き裂き、轟音と共に爆ぜる。

フレイ   「………ッ、ち……っの、イカれ野郎……ッ」

絞り出すような苦しげな声で悪態を吐きながら、頭を掠めて飛んだ鞭の撓りを避けるため床に張りつくように伏せる。
すぐ後ろの壁が鞭に噛み付かれて派手にスパークし、火花が背に降りかかった。

先程ああは言ってみせたが、事実フレイの右半身はほぼ死んだと言って良い。
反撃に転じる所か、満足に避ける事もできないのが現状だ。

フレイ   「(……勝算があるとは到底言えない、な……どうする、どうする、考えろ…!)」

フレイが高速で頭を回転させる間も、スコールが縦横無尽に振り回す鞭が、至る所を削り、砕き、焼き付かせていく。
やがてそのうちの一回が、フレイのすぐ上に位置する螺旋階段の一部を、爆発音と共に削り取った。

巨大な瓦礫塊が、フレイのすぐ真横をめがけて突き刺さるように降ってくるのを、必死に身を転がして避ける。
当然、地を転がるたび、視界を霞ませるほどの激痛が上塗りされていく。

フレイ   「………ッッ…ぐッ…!!!………っ」
スコール  「どうした! 床を転がっているだけで私に勝てるのかい? 見せて貰えるのだろう、私には持ち得ない力とやらを!」

苦痛に表情を歪めるフレイに対して、当然スコールが攻撃の手を緩める事はない。
破壊の光が床を抉り、壁を抉り、しかし無差別に攻撃を加えているわけではなく、一手ごとに、確実にフレイを追い詰めていく。
次に直撃を受ければ、今度こそ終わりだ。

どうするべきかを考えているはずなのに、痛みにぼやけるフレイの脳裏に浮かぶのは、入口で別れた仲間の顔ばかりだった。

痛みと疲労でほとんど掠れた息のような笑いになってしまったが、それでも、光の鞭が巻き起こす破壊の余波の中で小さく笑ってみる。
ありきたりなフィクションのような自分の脳裏に。それから、大好きな人々の姿に。
約束をした彼女の笑顔に―――――

フレイ   「………っ、はは」

り―――ん、と音叉のような音がした。それは小さな音で、唐突に降って湧いた音で。
周囲の破壊音に紛れて、スコールの耳には届いていないだろう。

はっと、苦痛によってかけられた頭の中の霧が晴れるように、意識が明朗になる。
そして、恐ろしい速さで、ピースがかちりとはまるように、ひとつの答えがフレイの中で組み上がる。

フレイ   「(――――おそらくチャンスは、一度だけだ)」

素早く周囲の状況を確かめ、鞭が自分の後ろの壁にぶつかる音を聞きながら、痙攣する手足をどうにか動かす。
痛みを無視する事に長ける自らの特性を限界まで駆使し、遮二無二身体を引き摺って。

当然、脳天を無視しきれない痛みが刺すが、苦痛に悶えている暇は無い。
鞭が翻り、自らを捕まえる前に、先程降ってきた巨大な瓦礫の陰へ滑り込んだ。

スコール  「それで隠れたつもりかな?」

すかさず、破壊の鞭が伸びる。
弾丸のように真っ直ぐ伸ばされたそれは、隠れているフレイを狙って、瓦礫ごと粉砕した。
巨大な瓦礫が一撃で粉々になり、激しい粉塵が立ち上る。

瓦礫の裏のフレイを狙って伸ばした鞭には、確かに一瞬の手ごたえがあった。
が、舞う粉塵から光を引き戻せば、貫いていたのは焼け焦げたロングブーツ一足だけ。

スコール  「囮とはね…… だが、その程度で裏をかこうとは虫が良すぎるのではないかな!」

巻き上がる煙の向こうで、チカッと蒼白い光が瞬く。
徐々に煙が散り、薄まっていく中で、瓦礫の向こうに隠れていたフレイの元から輝く光が露になっていく。

青白く輝き、澄み切った青空の彼方のような、清廉な、それでいて、魔を秘めるような。
集まる力の余波が、ごおっと渦巻き――――粉塵が全て除かれ、お互いの全身がお互いの視界に入る。

フレイ   「………っ」

フレイは、瓦礫の残骸に両足をかけて、床に座り込んでいた。
ただし、その左手には、光と同じ色をした、ボウガンのような長銃が構えられている。

煤と汗に汚れたフレイの頬は引き攣っている。ぎりぎりと――――光の弦を噛み、引き絞っていたからだ。
大剣の投擲と鞭の攻撃で死んだ腕はだらりと垂れ下がるが、代わりに焦げて軋む両足で力を支えて踏ん張り、顎と歯で弓を引く。
痛みに歪んでいるが、恐怖など微塵も感じない金の瞳は、最初と同じく橙色の炎を帯びる。

励起によって、ぎりり、と更に弦が絞られる。足をかける瓦礫に罅が入り、光を噛みしめる口元が、にやり、と持ち上げられた。

スコール  「まさかまだ攻撃の手を残していたとはね、素直に感嘆したよ。 しかし、その様でそいつを連射する事までは到底不可能だ、違うかな?」

スコール  「奇襲を破られた時点で最後の勝ち目は潰えた。アサルトライフルの一撃程度、防ぐのは造作も無い。そんな体勢では撃った後、反動で完全に無防備になるのが道理だ。つまり――――」

スコール  「これでチェックだ。それとも、まだ何か手を残しているかな?」

いつかと同じ台詞と共に、剣の切先をフレイに向ける。
何か防御手段を残しているのであろう、絶対の自信。
フレイの鏡のように、あるいは心底この“ゲーム”を楽しんでいるかのように―――にやりと口角を上げた。

フレイ   「………」

返事は返せない。だが、すうっとフレイが目を閉ざすと。
り――――ん、という音が、さらに大きく、塔を反響するように震える。

その音に呼ばれたかのように、フレイの瞳のような、陽光のような金色の風がふぉん、とフレイのそばに沸き起こり、光の矢に渦巻くように寄り添う。
また、り――――――ん、と鳴る。すると、今度は白雪のような、白光。ボウガンの弦と矢が纏う光は、塔が反響に揺れるたび、眩く、大きくなる。

り――――――――――ん………

最後の共鳴が、呼んだのは。青い波。海の色。三つが混ざり合い、長銃が元より持つ金色と薄青の光が、ぶわりとその光を強めた。
力の風圧で髪が巻き上げられ、露わになる、汚れた顔の中。燃え上がった瞳が再び開いて、スコールを真っすぐに、見る。

激しく舞い上がる瓦礫屑、風、光の粒子の中、一瞬とも、一分とも取れる不思議な感覚を味わいながら。
その一瞬だけ、弾けるような痛みも忘れ、琥珀色の瞳と金色の瞳が交わり――――

唐突なまでにあっさりと、フレイが口を離す。

かっ、という微かな歯の音は、光の柱となった矢の突進の轟音によって、掻き消える。
瞬きする間に、スコールへと、その眩い鏃が迫り―――――

ガァン、という重い衝撃音。

スコール  「……ぐ、……っ!」

フレイの放った光の矢は、スコールに届く寸前の所で食い止められていた。
スコールの光剣がトライアングル状に変形し、発生させたフォトンシールド。
その盾と矢が、ぎりぎりと拮抗する。

スコールが発生させたシールドは、彼が絶対の自信を持つに足る、鉄壁と呼ぶに相応しい強度と言えた。
だが、共鳴により研ぎ澄まされた光の矢は、シールドに食い込み亀裂を加えていく。
ぱりん、というガラスが割れるような音が響き、このままシールドが突破されるか、というまさにその時―――

スコール  「……甘い!!」

払うように、スコールが剣/シールドを一閃した。
弾かれるようにして矢は軌道を変え、スコールの後方の壁に直撃し轟音と噴煙を上げる。

弾いたスコールの剣は煙を上げ、光が点滅している――――が、辛うじて機能は生きている。

スコール  「さぁ、これで幕だ!!」

再び鞭に変形した光の剣が、長銃を持ったままのフレイに牙を剥く。
満身創痍の身体で回避行動など取れる筈も無い。次の弾を装填し放つにも絶望的に時間が足りない。
正しく、もう「打つ手が無い」。

しかし――――――


フレイ   「………言ったろ、負けられない、って」


――――――それは、“この瞬間から二射目を撃とうとしたら”の話だ。


迫り来る鞭の先に向かって、不敵に笑いかける。
巨大な光の柱に隠れて、見えなかったであろう、構えたままの銃そのものの先端―――
そこには、光矢よりは小さいながら鋭い光が、既にチャージされていた。

左手だけでは照準が正確にはならない。
動かない右手の代わり、軸としての役割を放棄した両足で、弓の両端を踏んで押さえるように、真っすぐスコールへ狙いを定める。


フレイ   「繋げ、――――エンドアトラクト……ッ!!」


二段構えの射撃が、今度こそ、スコールを捉える。軌道上に振り翳された剣を貫き、真っすぐに。
スコールの身体をも、光線が貫き通す。

スコール  「が――――は、ぁ…………ッ!!」

剣を手放し、吹き飛ぶスコール。
からん、と剣が床に転がる音の直後、その身が仰向けに荒れ尽くした塔の床へ倒れた。

スコール  「…………私、が…………負け、る…………?」
スコール  「………………ふ、ふふ…………ッ」

スコール  「はははははははッ!! 見事だ、フレイ・フェミング!!」

勝敗は着いた。
スコールは派手に出血しながら倒れ込み、立ち上がる力も残していない。

だというのに、天に向かって愉快気に哄笑していた。

フレイ   「はッ、………楽しそうで、…よかったよ、……戦闘狂殿」

勝った、と言われるべきかわからない程、フレイも満身創痍だ。
力が抜けて取り落とした長銃が、床に転がる前にフォトンの粒となって消えた。
ずるり、ずるりと瓦礫の山を這いながら、どうにか立ち上がり、右足と右手を引き摺りながら、スコールの倒れる近く、部屋の中央へ時間をかけて歩いていく。

フレイ   「……で。……目的のものはどこにある。下……か?」
スコール  「……ああ。そういえば、此処の機能を停止させに来た、のだった、ね…… それに乗れば、この下に降りられる、から…… 下の、制御装置を壊せば良い……」

満足に動かない指の代わりに、スコールが顎で指した先には、確かにエレベータと思しき機能がある。

ふう、と息を吐き、礼の代わりなのかひらりと一度手を振るフレイ。
先程投擲した大剣を左腕で拾い上げ、引き摺って歩きながら、エレベータらしき床の円に立ち入る。
丸い床は切り取られたように、するりと音もなく滑り降りていった。

辿り着いた小部屋には、大人一人が入れる程度の高さと、小さなコンソールしか存在しない。
いくつか操作を図ってみるが、認証に弾かれるばかりでどうしようもない。すぐに諦めて、雑に振り上げたソードを、躊躇いなくコンソール本体に突き刺してしまった。
火花を散らし、呆気なく破壊されるコンソール。塔の機能が停止した為、照明も落ち周囲は暗闇に包まれた。
ソードを杖代わりに、非常電源で動いているらしいエレベータを探り当てると、ふらつきながらも荒れ果てた上階へ戻る。

元の階へ上がると、やはりスコールは傍らで倒れ伏したまま。
咳き込み、荒い息を吐きながら、呆れたように笑う。

スコール  「まさか、任務を果たされるとはね…… まぁ、それも良しかな…… 雇い主の元に辿り着いた彼女らがどうなるか、興味もあるから、ね……」
スコール  「良い駆け引きだったよ…… わざわざこんな艦まで来た価値はあった。 ……だが―――」

にやり、とスコールが口角を上げたのが、薄闇の中でフレイに見えたかどうか――――


スコール  「―――次は、私が勝つ。」


とん、という軽い衝撃が突然フレイを襲った。
満身創痍の身体が成す術もなく、斜めに小さく飛ばされる。

フレイ   「ぐ、っ?……」

スコールが辛うじて上げた足で、蹴り飛ばされたと気付いたのは一拍置いてだった。
そして、間を置かず。

がらがらと耳障りな音と共に降ってきた巨大な瓦礫が、それまでフレイが立っていた地点―――同時に、スコールが倒れている地点―――に、耳を塞ぐ程の轟音と共に落下する。

フレイ   「……なに、ッ…!?」

四肢の半分が動かない状態では、まともに着地もできない。
滑るように転がりながらも、出来得る限りの最高速で走り寄り、闇に塵を立ち上らせる瓦礫の山に向かって叫ぶフレイ。

フレイ   「スコール! スコール・ホワイトッ、……生きてるだろうな!?」

無音の瓦礫の向こうから、帰ってくる声は無い。
たとえフレイの腕力でも、右手右足が使えない状態では、この巨大な瓦礫を退ける事はできないだろう。

フレイ   「…………っ、く、そ……。引き摺ってでも連れて帰るつもりだったのに、………ッ!」

悔いるように顔を歪めて、壁を殴りつける。
しばらくそこで俯いていたが―――ひとつ深呼吸をして顔を上げた。
階段に向かって足を引き摺っていきながら、小さな声で独り言ちる。

フレイ   「……最後まで、自分勝手な野郎だ。こっちの思い通りになんか、ひとつもなりゃしねぇ……」

ずるり、ずるり。一段ずつ、脳を焼く痛みに耐えながら、崩れそうな階段を上がっていく。
いつまでも続くかと思うような苦痛を感じながら、どうにか出入り口に辿り着いた。

フレイ   「…………」

間を置かず、がらりと背後の階段が崩れる。
痛みを堪えているのか、スコールのことを憂いているのか。
苦い顔で一度崩れ落ちていく階段を見遣り、それからゆっくりと塔の扉を開き外に出た。

遠目に確認すると、正門を塞ぐ障壁は消滅していた。
つまり、東に向かったロミオも任務を果たしたという事だろう。

全ては、今頃内部に進入を開始しているのであろう突入班次第――――
深まりつつある闇夜の空を見上げ、フレイは目を細めた。

  • 最終更新:2017-08-30 23:10:27

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