Inevitable StruggleB 1

東の塔へ進入するロミオと時を同じくして、西の塔。
東に比べて低いそのタワー前に、フレイが単身現れる。


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入口を守っていた数体のフォトン体を斬り伏せ内部に進入したフレイが見たのは、地下へと続く螺旋階段だった。
静寂に包まれ、深淵への入口のようですらあるそれは、何処まで続いているのかこの場からは検討もつかない。

フレイ   「………。」

沈み行く夕陽の赤色を背に、塔の中へひとつ、足を踏み入れる。
背後で自動扉が音もなく閉ざされ、残るのは痛いほどの静寂だけ。

この先に誰が待つのかなど、彼には容易に想像がつく。
地下へ続く空間を見下ろし、警戒心を改めて張りなおすと、ゆっくりと階段を下り始めた。
不気味な程の塔の静けさの中では、僅かながら靴音がかつん、かつんと一歩ごとに響く。


階層があるとすれば、地下3階程まで降りただろうか。何の前触れもなく、フレイが咄嗟に跳躍した。

次の瞬間、それまで立っていた地点に光の弾丸が、矢が、一斉に殺到する。
下からの奇襲だ。回避に跳んだ滞空時間内に、敵の数や様子、武器を素早く確認する。
フォトン体が5体。姿勢を低く構え、長銃や強弓型の武装を構えている。

妨害は最初から織り込み済みだ。数段下に着地すると、その足で再び跳躍。
フォトン体達の弾丸や矢すら置き去りに、真正面から一気に距離を詰める。

斬撃。迎撃の弾丸ごと、背負った大剣を抜きざまに一薙ぎして両断した。
まとめて真っ二つになったフォトン体達が、光の霧となり消える。


光の残滓を剣で払い、なおもフレイは螺旋階段を降りて行く。
すると然程間を空ける事も無く、再びフォトン体達の隊列が待ち受けていた。
今度は先程よりも数が多い。武装のバリエーションも様々だ。
――――恐らく、終着点が近いのだろう。防衛線が強固になってきているのはそういう事だ。

それを見たフレイは、襲うでも退くでも無く。ただ大剣を片手に提げてそこに立つ。

フレイ   「来いよ」

言葉が通じているのかいないのか。フレイの挑発に反応したように、フォトン体達は一斉に攻撃を始めた。
射撃武器による遠距離攻撃が、様々な属性のテクニックが、押し迫るようにフレイを襲う。
狭い階段の上では、十分に脅威になる攻撃だ。

だが、その程度で動じるようでは最初から此処まで来ていない。
腰を低く落とし、重いはずの大剣を軽々と上段に構える。迫る氷弾を刃で弾き、後に続いた火弾と相殺。
足元から這い上がるように迫る銃弾、上から振り下ろされる雷、放物線を描き飛来する矢を、足場を蹴り壁を駆けることで避ける。

フレイ   「……はぁッ!!」

追撃を放つ隙は与えない。
一気に壁を駆け下りて敵陣の真っ只中に降り立ち、腰辺りを横殴りに斬り飛ばす。
多数のフォトン体全てを両断する事はできなくとも、重い斬撃の余波で逃れた個体も吹き飛ばされ、階段を転がった。
完全に崩壊した敵の残りを掃討し、再び静寂の訪れた塔内で感覚を研ぎ澄ませば、感知できる範囲のフォトン体は全滅したようだ。

フレイ   「……誰かさんの矢に比べりゃ、欠伸が出るってもんだな」

平常通りの呼吸と共に、静かに呟く。
警戒は怠らないまま、再び階段を降り始めた。


かつ、かつという靴音と共になおも進むと、永久に続くかのようだった螺旋階段の終わりがついに見えた。
階段の終着点の先にあったのは、一面が白く、何もない殺風景な部屋。

それだけに、奥の壁に寄りかかる人影がすぐに目に入った。
黒いコート、金色の髪。閉じていた瞼が開かれ、薄い笑みと共にフレイをその琥珀の瞳に映す。

スコール  「やあ、やはり君が来たか。 そんな気はしていたよ。 君であれば、他の誰かを私に当てる事を良しとはしないだろうからね」
フレイ   「………」

声に対しすぐに答える事はなく。用心深く、何も存在しない部屋を視線だけで見回す。

フレイ   「俺も、あんたがいるだろうと思ってたぜ。あんたはどうやら、俺のことがお気に召したようだしな?」
スコール  「気に入っているとも。 最も、まだ味見していない彼らにも興味はあったけどね。 特にあの赤毛の少女。 まぁ、楽しめるのならどちらでも良いさ」

組んでいた腕を解き、ひらひらと片手を弄ぶスコールの口調は、一見して柔らかく敵意も感じさせない。

スコール  「君とて、一度敗れた相手に何の手も打たず此処まで訪れたわけではないだろう?」
フレイ   「ああ。勿論だ……あんたの雇い主に負けるわけにも、あいつらをあんたの玩具にさせるわけにも、いかないんでね」

ゆっくりと腕を上げ、背の大剣を抜くフレイ。
鋭く目を細めスコールと対峙するその姿勢は、一辺の油断も無い。

スコール  「それは何より。 どうやら無駄話も必要ないようだね。早速見せて貰うとしよう、あれから君が得たものをね」

愉快気に笑みを深くするスコールがその手に具現させたのは、剣ではなく弓。
風変わりなデザインの強弓を掲げると、無数の光球と化して宙に弾け、そして消える。

フレイ   「話が早くて助かるね、最初から出し惜しみなしとは。……」

フレイが小さく上げた口角は、すぐに引き結ばれる。
集中するように金色の瞳が瞼に隠されると、突然、ぼっと炎が燃え上がるような錯覚を受けた。
それはフレイの身から沸き起こる巨大な励起反応が、まるでシフタのように、大きな炎フォトンの波を伴って、彼の身体を渦巻くように立ち上ったからである。


フレイ   「…………勝たせてもらう。今度こそな」


ふ、と瞼が上がれば、瞳の金色は炎のような橙色に縁どられているようにも見えた。
一層鮮やかに色を増した瞳が、闘争心にぎらりと光ると同時。本来その重さから両手で構えることを要求される大剣から、フレイの片手が離れる。
そしてまるで片手剣を握るかのように容易く、その右手が大剣を素早く一振りする。

スコール  「……ほう!」

一閃される大剣の速度が想定外であったのかそうでないのか。地を蹴り宙に避ける。
この速度で振り上げられる剣だ、更なる追撃は容易。しかしそれを阻むように、フレイの周囲四方を光球が顕れ取り囲む。
宙を浮遊する光球から自在に矢を放つ、スコールの戦術。360度あらゆる角度から襲い来る光の矢に、逃げ場など無い。

しかしそれは奇しくも、フレイにとっては――――数日前に立ち向かった、とある少女の駆る氷柱の軌道に重なって見えた。

フレイ   「……はッ!」

光矢の切先を感じた途端、はっきりと、愉快げに、獰猛に。 フレイは犬歯を剥いて笑みを浮かべる。
先程の一閃と同等の鋭さの横薙ぎが、前方280度の光球を一気に斬り捨てた。

残った矢は視界にも入れない。励起された脚力を最大限稼動させ地を蹴り、以前を遥かに超えるスピードでフレイが跳ぶ。
背後から放たれる矢を置き去りにして、驚異的な速度でスコールに迫る。

スコール  「!」

刹那、笑みがその表情から消えたように見えた。 余裕が消えたのか。
しかし、そのまま両断されて終わる程良心的な男ではない。 いつの間にかその手に握られていた抜剣が、大剣の一振りを受け止めた。

だが、体重を乗せた大剣の斬撃をスピード重視の抜剣で止めるには些か以上に分が悪い。
激突の衝撃によってその身が派手に後方に飛び、壁を蹴って床に着地する。
フレイもその場で着地し、大剣を中段に構え油断なくスコールと対峙した。

フレイ   「あんたの矢は相変わらず、意地が悪いな。……だが、慣れた。においも覚えた。もう前とは違う」
スコール  「ふ…… 匂いとは、まるで獣だね。 成る程、どういった手段でかは知らないが、私の「切札」を打倒するための対策を重ねてきたという事かな。」

ぱん、とコートの埃を払う動作とその表情からは、少しの焦りも感じられない。
しかし、宙から放つ矢の軌道は見切られ、正面からの衝突では大剣に押し負ける。戦局としては確かにスコールが不利の筈だ。

スコール  「君がそれだけの熱を注ぎ、ぶつけて来るんだ、私も嬉しいよ。 ただ、わからない事が一つある」
スコール  「例の“捨て石”は私が奪ったとは言え、問題のマリン・ブルーラインは未だ君達の手にある。 雇い主とは違う手段で彼女を救うというなら、わざわざこんな艦まで来なくても自分達でその手段を見つけて見せれば良い。 実際にそれが成れば、捨て石にも用はなくなり返却する事になるからね。」

油断なくスコールの言葉を聞きつつも、ぴくり、とフレイの右眼の下が跳ねる。
僅かに剣を握る右手に力が篭るが、表情は変わらない。

スコール  「他人のために命をすり減らすのも中々に酔狂だが、そもそも何故君達はその道を選んだのかな?」
フレイ   「………彼女がどう思っているかは、正確にはわからない。俺は彼女じゃないから。……だが、少なくとも俺は、実際に彼女を救うことは、とてつもなく難しいだろうと予想した」

フレイ   「出来る限りのことはしたつもりだ。こちらの人員を使って、色々な調査もした。だが、どれだけ駆けずり回っても、頭を捻っても。対策は見つからなかった。正直、手詰まりなんだよ」
フレイ   「だから………だからこそ、俺はあんたたちと手を組むため、この戦いに賛成したんだ。あんたたちの言う手段は、マリンや、俺たちには受け入れられない。…特に、マリンは。リンを犠牲に、誰かを犠牲にして、誰かを救うことを……良しとはできない。なら、手段を見つけられず、かといってあんたたちの提示するものも認められない俺たちに残された手段は。それでもマリンを救いたい俺たちに残された手段は、…ひとつしかない」

剣を握ったまま、静かに答えを告げるフレイ。
それに対してスコールは、金の髪を押さえて哄笑する。

スコール  「ふっ……ははははっ! 愚かだ、実に愚かだよ、フレイ・フェミング。 彼女の選択がいかに幼稚で、いかに欺瞞に満ちたものであるかを知りながら、それを良しとする。 愚かであるとわかっていても理想を求め続ける。 だがそんな愚者の姿を、私は否定しないとも」
スコール  「代わりに示そう、君達がどれほど無力であるか。 私に与えられる慈悲と言えばそれくらいだ。 さぁ、来ると良い」

愉快気に笑うスコールに対して、フレイもその無表情を笑みの形に変える。
しかし瞳だけは、怒りを滲ませるように燃えていた。

フレイ   「……勘違いするなよ。リンを犠牲にすることを厭うのは、あいつを“捨て石”呼ばわりする野郎にムカついてんのは、彼女だけじゃないんだぜ」

ドッ、と蹴った床が重い音で跳ねる。瞬時に、掻き消えるような速度で駆け出したフレイは、再び火炎のような熱と共に励起の段階を上げた。
当然、フォトンによる強い身体強化はかかる負担も並みではない。

フレイ   「……はぁあッ!!」

剣を構えるスコールは、構えているというよりもただ持っているという形容の方が近い。
一見攻撃にも防御にも適しているとは思えないが、しかし単なる油断では無いだろう――― 確信のような予測と共に、フレイは斜め下から剣を斬り上げる。

フレイの予測を裏付けるように、スコールがその手に持つ抜剣の刃に、光が集束する。
散り散りになった筈の強弓の欠片―――光球が刀身に集まり、本来のそれの二倍以上の長さに伸びた。
それを、斜め上に“しならせる”。それはもはや剣ではなく、剣の形をした光の鞭という表現が近い。
本来の抜剣のリーチより遥か広い範囲から空を裂くギロチンは、フレイの想定外だっただろう。

フレイ   「………!!」

励起によって激しく上昇させた速度と火力の代償を挙げるとするならば、小回りの利かなさ―――
つまり、急停止には向かないことだ。

剣を振りながら、光る鞭が刃よりも鋭く降ってくるのをしっかりと目で捉え、瞬間的にどうするべきか考える。
止まることはできない。 下がることも、この軌道では剣で弾くことも難しい。
それならば、―――進むしかない。

剣を振り抜くために踏ん張った足を、燃え上がらせる。限界まで撓めた筋肉を跳ね返し、剣を薙ぎながら、敵の懐へ飛び込むように加速する。
それは間違いなく正しい判断だったと言えるだろう。事実光の鞭はフレイの靴だけを掠め、その身は光の鞭の内側に入り込んだ。
後は、剣を振り下ろすだけ。勝負は決したかと思われた、が――――

スコール  「――――ふ……」

にやり、と吊上がる口角。 大剣がスコールを捉えるまさにその瞬間、その剣が映像の一時停止のように、ぴたりと止まった。

フレイの腕にコードのように巻きつく光。 スコールの持つ光の鞭が、まるで意思を持っているかのようにフレイを追い、その手に絡みついたのだ。
剣を持つ腕に絡みつく鞭が激しく発光すると共に、想像を絶する程の熱と激痛がフレイの右腕を襲う。

フレイ   「…ッッぐ、あ、ァア……ッ!!!あ゛あ゛あぁッ!!!!」

ひゅ、と息を呑む音は、戦闘服ごと皮膚が焼き焦げる凄まじい音に容易く掻き消された。
苦悶の叫びが、螺旋階段が暗闇へと続く空間に、わんわんと響いていく。

藻掻き、暴れて、激痛がのたうち回る腕にどうにか力を入れ、鞭から逃れようと振り回すが、そう易々と逃れる事はできない。
―――激しく表情を歪ませながらも、瞬時に思考を走らせる。
意地でも離さず右手に握り締めていた大剣を敢えて手放し、左手でキャッチして、それをスコールの腕と伸びる光めがけて振り抜く。

が、光の鞭は変幻自在。 フレイが機転で持ち替えた腕で剣を振り下ろすのを見るや、あっさり、するりとその腕を解放。
スコールはバックステップで後方に避けた。

スコール  「仕留めるつもりだったのだけどね。 相変わらずしぶとい、結構な事だ」
フレイ   「っ、は、はぁ、……ッ、は、っははは、……痛みには、ッ…慣れてるって、言ったよ、なぁ…っ?」

脂汗を浮かべた頬を無理矢理笑みに変え、嫌な臭いの煙を上げる、震える右腕に、再び大剣を持ち替えようとする。
重さを支えるための肉の動きが更なる激痛を伴い、悲鳴を噛み殺して、どうにか剣を持ち上げ、構えた。

フレイ   「負けるわけにはいかないんだよ、……っどれだけ、傷つけられようが、手足をもがれようが、……は……あんたを倒して、彼女の進む道を繋ぐのが、俺の役目だ…」
スコール  「そうは言っても、剣を持つだけで意識が飛んでもおかしくない筈だけどね。 だが見ての通り、私の切札は剣でも弓でもない。 その身体でこいつから逃げ切れるかい?」

剣を持つだけでも激痛が伴うフレイに対し、当然スコールが手を緩める事は無い。
横薙ぎに光の鞭を振るえば、鋭利にしなる鞭がフレイの身を捉えようと、自在に曲がり様々な方向から襲い来る。

スコール  「君は全ての手札を切った。 さぁ、詰めと行こうか。 フレイ・フェミング」

フレイ   「……はっ、……ッ!……く、ッそ、……っうあ…っ」

スコールの言葉通り、抑え込みきれない激痛が、身体のパフォーマンスを著しく下げる。
大剣はその大きさと重さから、相手の攻撃を弾くことで防御手段にもなるものだが、流動的に動く光の鞭が相手ではその利点も殺される。
身を翻して避けるしかなく、だがどれだけ跳ぼうと、潜ろうと、走ろうと、光の蛇はどこまでも追ってくる。
続く激痛が集中を欠き、励起の段階も幾分か下がり始め、速度も緩やかに落ちていく。

速度が一段階落ちた瞬間、足元へぬるりと滑り寄った鞭を見た金の瞳に、ちらりと恐怖が奔り。だがすぐにそれも、右足首に噛付いた高熱の咢によって歪められた。

フレイ   「ッッッ!!!う、あ゛あ゛ぁあああっっ!!!!!」

ばたりと引き倒され、床に強かに倒れ込みながら、硬い床を掻き毟るように痛みに悶えながら。
それでもちかちかと明滅する視界で、無理矢理にスコールを睨みつける。

スコール  「やはり君は、役割を果たす事ができなかったね。 自分を責める必要はない。私が此処にいる以上は他の誰でも同じ事だよ」

フレイの右足を潰し、するりとスコールの手元に戻る光の鞭。
床を転がるフレイに、ゆっくり、かつ、かつとスコールの靴音が近付いてくる。



  • 最終更新:2017-08-30 22:56:47

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