Inevitable StruggleA 2
ロミオを包んでいた青き炎が、突如真っ二つに裂ける。
その内側から現れたのは、ダーカーのように禍々しい異形の右腕。
それは迫る炎弾を苦もなく掴み止めると、床に叩き付けかき消してしまう。
ロミオ 「……だ、めだ……駄目だ……」
ゆらり、ゆらりと揺れながら、炎の中から現れるロミオ。全身が燻り、火傷からじくじくと出血している。
それを塞ぐように、徐々にその身が右腕に倣って異形と化していくが――
ロミオ 「……駄目だ!!」
その言葉と同時に、身体を覆いかけていた外骨格が黒い塵と化し消滅していく。
異形化により修復されつつあった傷は塞がり切らず、流れる血液で装束は赤く染まっていた。
ロミオ 「……今、僕は……僕として、ここに居る、から。……アレは、使わない……」
息も絶え絶え。それでも毅然として刀を拾い上げると鞘に納め、腰だめに構える。
一瞬の抜き身で勝負を決める、居合の構え。
ロミオ 「……お前の言う通りだ、レン。僕は逃げた。一人だったから」
ロミオ 「……僕は間違えた。馬鹿だったから」
ウェイン 「…………。」
ウェインは追撃を放つ事はせず、しかしいつでも炎を撃つ事ができるよう片手を構えている。
傷が癒えず満身創痍のロミオには、些か以上に分が悪いように見えた。
ウェイン 「“力”を使わなければ、確かに君は君のままだ。しかしその様では僕に勝てない。 それが君の正義か?」
ウェインの問いには答えない。その代わり、ぽつぽつと自らの言葉を紡ぐ。
居合い構えのまま、全身にギリギリと力を込めながら。
ロミオ 「……でも、僕には今、仲間が居るんだ。逃げても、間違えても、きっと助けに来てくれる。そんな大事な仲間が、さ」
ロミオ 「だから、僕も……救わなきゃ。一緒に、戦わなきゃ」
ロミオ 「それが償いの第一歩だ。僕の正義だ……だから」
刹那。
満身創痍の身体からは想像もつかぬ程の疾さで、ロミオがウェインに迫る。
ウェイン 「っ!?」
ロミオが踏み出す瞬間、攻撃に転じる瞬間、まさにそれと同時にウェインは炎弾を放った。
だが、速い。 その身は炎の横すれすれを抜け、恐ろしい速度で斬り込んで来る。
間一髪身を翻しての回避―――
その代償として、腕のタリス本体が剣に両断され、切り離すと同時に爆散した。
ウェイン 「…………」
ロミオ 「……ここで退けない。負けられない。大事な人達の為に」
斬撃を放ち、再び居合いの姿勢に戻るロミオがウェインを見据える。
その銀の瞳は、確かな強い意志を湛えていた。
ロミオ 「……もう、逃げない」
ウェイン 「……良いだろう。 君が死力を尽くすというなら、僕も出し惜しみはしない」
ウェインが片手を宙に翳す。
しかしその手に宿るのは炎では無く、本来の得物。ロミオと同じ抜剣だ。
構えた二人の瞳が交差する。永遠とも思える程の数秒の沈黙の後―――― 二人の姿が、同時に消えた。
ガキン、という重い音が響く。
至近距離で、剣を交わすロミオとウェイン。ぎり、と剣同士が拮抗した。
そして一度弾いたかと思えば、二度、三度と、激しく剣と剣がぶつかり合う。
ウェイン 「何もかもを救おうとするなど、君の驕りだ! 君の言う大事な仲間とて、全てを平等に助ける事など不可能だ! それを知って、君はなおその道を進むのか!」
ロミオ 「……何で、やってみる前から決めつける!?何もかも諦めて、冷静ぶって……そんなの間違ってる!僕は諦めない、レンっ!!」
刃を合わせる度、ロミオの体の火傷から血が滲み、溢れ、床を転々と染める。
それでも、剣の柄を握る手を緩める事はない。一撃、また一撃と、ウェインを攻め立てる。
ウェイン 「……失敗すれば、そこで終わりなんだ! 失われた命にやり直しなど存在しない、わかっているのか!」
ロミオ 「誰かを救う為に、誰かが犠牲になるなんて……全てを救える可能性が残っているのに、それを捨てるなんて僕には出来ない!!」
ロミオは満身創痍、対してウェインはほぼ無傷。
消耗戦に近い打ち合いになれば、勝敗は見えている―――― 筈、なのに。
事実、押されているのはウェインの方だった。
ロミオの風のような剣戟が時折身を掠め、傷を増やしていく。
凄まじい速度の剣戟に対応する身体が悲鳴を上げ、互いに唇を開いたまま息を荒げる。
あと一撃、決定打が当たればロミオは倒れるだろう。しかし、その一撃がどうしても通らない。
もはや何故ここまで刀を振れているのか、ロミオ本人にも判らない。
その姿はただただ意地を剣に乗せ、ぶつけ合っているようだった。
ロミオ 「……レン、お前だって本当は……!」
ウェイン 「…………黙れ!」
剣を弾き、一度距離を取る。 お互い肩で荒い呼吸を繰り返し、外観のダメージも深い。
ウェインの剣の切先が、真っ直ぐロミオへと突き付けられる。
ウェイン 「……どうやら、互いに限界が近いようだ。 次の一手で勝者を決めよう。 最後に立っているのは、正義があるのはどちらか。 ……行くぞ。」
ロミオ 「……上等。勝負だ、レン」
ロミオが、残ったナイフを鞘から抜き、頭上へ高く放り上げる。
静まり返った塔内で、きりきりと回転しつつ落下するナイフ。やがてそれは、小さく音を響かせ床に突き立つ。
それが、お互いの最後の一撃の合図になった。
ウェイン 「――――ロミオ――――!!」
ロミオ 「――――レンッッ!!!」
譲れぬものを賭して、互いが疾駆する。全ての余力を注ぎ、文字通り最後の一撃の為に。
一瞬重なる視線、その瞬間に、二人が逆袈裟に刃を抜いたのは全く同時に見えた。
凄まじい速度のまますれ違うと、時が止まったかのように、お互い背を向けて停止する。
ウェイン 「……全てを…… 何もかもを救い上げるために、もがき、手を伸ばすというのか……」
ウェイン 「………………欲の深い…………男だ………………」
再び訪れた静寂の中。蒼髪の青年は、背にしたロミオからは見えないその口角を、少しだけ安心したように吊り上げる。
そして、潔い賞賛の言葉を吐く事もなく、どさり、と。スローモーションのようにゆっくり、塔の床に倒れ伏した。
ロミオ 「欲深い、か…………そう、かもな」
背後で伏す音を聞き、低い姿勢からゆっくりと身を起こす。
肩口がざっくりと裂かれていたが、ロミオは立っていた。
ロミオ 「……いくらでも、もがいてやるさ……」
倒れたウェインへ向けるように、小さく呟く。
しかし、まだ彼の使命は終わってはいない。身を引き摺るようにして、部屋の中央にあるエレベータへと進む。
エレベータに導かれ最上階に辿り着くと、そこには目的と思われるコンソールが設置されているのが見えた。
足を進めようとすると、突然通信音と共に宙にモニターが浮かぶ。
モニターに映し出されたのは、金髪碧眼の女性。
そう、ロミオもよく知っている顔だ。
セラフィナ 「一段と……いえ、三段、四段と逞しくなられましたね。坊ちゃま」
ロミオ 「セ、ラ、フィナ……」
聞きたい事、言いたい事は山ほどあった。
しかしつい先程までの激戦の為か、何年越しかに見るその顔はどこか現実味が薄く、言葉が出てこない。
ぼうっとした夢見心地の状態で、かつての自らの従者を見上げていた。
セラフィナ 「彼に打ち勝ったのは、ロミオ様がここまで積み上げてきたものがあったからこそ。 リュケイオンの外でのあなたの成長と軌跡、しかと拝見致しましたわ。」
セラフィナ 「ふふ、レン君は回収して治療しますから、ご心配なく。 そのコンソールを破壊すれば、その塔は機能を停止しますわ。ですが、その傷では此処まで至る事は厳しいでしょう。どうか安静になさってくださいね。」
彼女とは言ってしまえば敵対関係であり、実際ウェインと死闘を繰り広げたばかりだというのに、モニターに映る顔はロミオの記憶と全く変わらぬ明るさで微笑む。
場違いな程に優しげな懐かしい声に、思わずロミオも笑みが零れそうになるが、振り切るように頭を振った。
こうして実際にその顔を見てしまうと、この一連の事件に彼女が関わっている事を事実として認めざるを得なくなってしまい、戸惑いに眉を顰める。
だが、彼にはまだ使命が残っている。モニターに映るセラフィナと対峙しながら、残った機銃をホルダーから抜いた。
ロミオ 「セラフィナ……なんで……」
ありったけの銃弾を、コンソールに撃ち込む。
蜂の巣のように撃ち抜かれたコンソールはあっさりと役目を終え、塔の機能も停止していく。
ロミオの身体も精神も、もはやとっくに限界を超えていた。
明かりの落ちていく塔の中で、糸の切れた人形のようにがくりと膝をつき、その場で倒れ込む。
沈み行く意識の中で、乱れ消えていく映像で微笑むセラフィナの顔が、その眼に焼きついていた。
- 最終更新:2017-08-20 22:15:32