Fateful ConfrontationA 1

早朝、ソーンシップ内のとある飲食店内。
清掃具を持ち、床の清掃をしているマリンの姿があった。
その姿は、白と黒を基調としたメイド服に身を包み、見る者が見れば懐かしい、という感想を抱いたかもしれない。

猫の耳を模したカチューシュを頭につけていなければ、だが。

そこに、ミリエッタ、イオリ、レイリアが現れる。
三人とも、任務ということでマリンに呼ばれてこの場に来たメンバーだ。


ミリエッタ   「え~と、ここで良い…のかな?」
マリン   「……あ、皆さん。 おはようございます。 ……にゃん。」

ミリエッタ   「えっ、マリン…さん…?」
レイリア   「ま、マリン先生…?…にゃん?」
イオリ   「おはようござ……にゃん?」

突然らしくもない語尾をつけ始めたマリンに、三人の視線が集中する。
マリンは頬を薄く染め、困ったように瞼を閉じると、店の奥にある扉を指差した。

マリン   「……事情は後で説明しますので…… まずは其方の、事務所にお願いできますか?」
イオリ   「は、はーい……」
ミリエッタ   「ぁ、はい…分かりましたっ…」
マリン   「……そこで、用意されている衣服に着替えてください。 お願いしますね?」
レイリア   「はーい…」

イオリ   「(な、なんか言い回しに嫌な予感がするんだけどなー……)」
レイリア   「(圧力が……)」

一応口調はいつも通り丁寧語なのだが、何処か有無を言わさぬものを感じる三人。
マリンの指示通り扉――事務所に入ると、ロッカーが丁度人数分、三つ並んでいる。

ミリエッタ   「ええと、用意されている衣装って…」
イオリ   「ロッカー……これかな?」
ミリエッタ   「みたいですね。どれどれ…?」

ロッカーを開けると、中にはマリンが着ているものと同じ、メイド服。
そして、隅に猫耳つきのカチューシャもかけられていた。

レイリア   「あら、メイベルが着ているものと似てるわ!」
レイリア   「メイド服、でしたっけ?」
イオリ   「め、メイド服……に、このカチューシャって……」
ミリエッタ   「これに着替えるんですかっ…?しかも、カチューシャになんか付いてますよ~!?」

それぞれの反応を見せる三人。
そうしている間に、その反対側の―― マリンの側にあったドアが開く。

マリン   「あ、ハミューさん……」
ハミュー   「……」

ハミュー・ウェルパ。レイリアと同じく、地球の潜入操作でマリンと同じ学校で動いている「男性」。
三人より先に来ていたのだが、別の部屋で着替えを済ませていたのだった。
マリンはそれに振り向き――――

マリン   「…………」

固まる。

二つに結ったツインテール(恐らくウィッグだが)、可愛らしい大きな赤いリボン、ゴシック調の衣装。
部屋に入っていく際は確かに少年だった彼が、どう見ても儚げな美少女となっていたからだ。

ハミュー   「……これはどういうことでしょうか……」
マリン   「……と、とてもお似合いだと思います……」
ハミュー   「似合わなくていいです……」

任務上必要なので女装セットを渡したのは自分ではあるのだが、予想を超える完成度に頬を染めるマリン。
思わずまじまじと観察してしまうが、当のハミューは当然というべきか、不満が表情に滲んでいた。

マリン   「……ごめんなさい、ハミューさん。 でも、これも任務のためなんです……」
ハミュー   「ぼ、僕である必要ってあったんですか……この任務?」
マリン   「……他の隊員の皆さんは忙しかったので…… それに、嫌な気配を察して逃げられたり……」
ハミュー   「(……逃げそびれたらこうなるのか……なるほど……)」
マリン   「報酬は後ほど……シャーレベンから出すので…… 我慢してください……っ!」
ハミュー   「……マリン先生にそういわれると……がんばります……」

納得したのかしていないのか、何処から見ても美少女のハミューが、深い溜息と共に頷く。
一方事務室の三人も、用意されている衣装に着替えているのが会話から分かる。

イオリ   「……と、とりあえず着替えましょうかー……」
レイリア   「これを着るんですか~? わー! 楽しそう~!」
ミリエッタ   「ぅー…恥ずかしいけど、お手伝いに来ちゃった以上は……って、レイリアちゃんは乗り気!?」
イオリ   「(こ、これでお店出るの……? さすがにちょっと恥ずかしいかも……)」

三者三様の反応で、それぞれがメイド服に着替える。多少のデザインの差異はあるが、基本的に同じメイド服だ。
メイド服を興味深げに眺めていたレイリアが、スカートを翻しくるりと回ってみる。

レイリア   「こんな感じでしょうか~」
イオリ   「わ、かわいいー!」
ミリエッタ   「かわいいです~」
レイリア   「ふふ~ ありがとうございます~! お二人もお似合いですよ~!」
イオリ   「ありがとうございますー」
イオリ   「ふふ、ミリィちゃんもかわいいー」
ミリエッタ   「あはは…ありがとうございます…ちょっと恥ずかしいですけどねっ」
イオリ   「(なんかちょっと楽しくなってきたかもー)」
マリン   「あ…… 3人とも、着替えは終わりましたかー……?」

事務所のドア越しに、マリンが三人に声をかける。

イオリ   「あ、はーい」
ミリエッタ   「はい、大丈夫ですっ!」
マリン   「ではハミューさん、行きましょう。」
ハミュー   「……そ、そうですね……」
ミリエッタ   「っと…ハミューくんも来てるの?」
レイリア   「ハミューさんもお手伝いですか~」
イオリ   「(はみゅくん……メイドだけじゃなくて執事もなのかな?)」
マリン   「まずは作戦会議です、行きましょう。」
ハミュー   「……はぁ」

限りなく重い溜息を吐くハミューの手を引き、マリンが事務所のドアを開ける。
すると当然、メイド姿の三人の視線がマリンとハミューに集まる。

レイリア   「あらららら~?」
イオリ   「……えっ、わっ」
イオリ   「かわいいー!」
レイリア   「ハミューさん? あらら…」
ミリエッタ   「ぁ、ハミューくん、おは…よ……」

先ほどのマリンの再現のように、ミリエッタが固まる。
他の二人もまじまじとハミューの女装を眺めていた。

ハミュー   「……感想は心にしまっておいていただけるとありがたいです……」
マリン   「……えぇと、まずは事態の説明をさせて頂きますね、皆さん。」
イオリ   「あ、うん」
ミリエッタ   「はい、お願いします…」

未だハミューを見て固まったままのミリエッタだが、とりあえずマリンに説明を促す。

マリン   「イオリとミリエッタさんはご存知だと思うのですが…… 以前、私達が集まっている時に……」
マリン   「……テロというか、襲撃を受けたのです。」
イオリ   「うん……」
レイリア   「…襲撃、?」
ハミュー   「テロ、ですか……?」

メイリーンが人形と入れ替えられた事件。
スコールと名乗る男が犯人らしい、ということはルリ達によって判明したが……

マリン   「そして、手分けして犯人と手がかりを探していたのですが、仲間の協力でこの建物に目星がつきました。」
イオリ   「……!? この建物に?」
ミリエッタ   「えっ、あの時の犯人が…!?」
ハミュー   「え……じゃあこんな格好してる場合じゃないじゃないですかっ」
マリン   「直接的に潜んでいる可能性は低いですが…… 手がかりが眠っている可能性は、あると思います。」

総力を上げた調査でも拠点は掴めない上、スコールはこのシップには無いと断言している。
何れにせよこの建物が拠点である可能性は低いだろう。

マリン   「そして、此処からは私によく似たフォトン反応を感じる…… そうですね、ミリエッタさん?」
ミリエッタ   「…ええ、確かに…」

類い稀なフォトン感応力を持つミリエッタ。
その彼女が、調査中この建物に反応を示したのだった。

イオリ   「マリンによく似たフォトン……?」
マリン   「とにかく、この建物自体は正式なもので…… あ、外の看板、見ましたか?」
マリン   「……「にゃんにゃんメイド喫茶」…… このお店の名前、なんですけど……」
イオリ   「……ちょ、ちょっと入るのためらったー……」
ミリエッタ   「にゃんにゃんメイド喫茶……だから、こんな格好なんですね~…」
レイリア   「メイド? 喫茶?」
マリン   「メイドの装い、振る舞いで接客する趣向のカフェらしいのです」
レイリア   「メイドさんのカフェですか~ なるほど…」

少し前から増えてきたタイプの喫茶店。
彼女(彼)らが身に着けているのは、その制服だ。

マリン   「証拠も無く、中に踏み込んで調査…… というわけにはいきません。 ということで……」
イオリ   「潜入捜査だねっ」
マリン   「……はい。皆さんには、今日一日このお店の店員になって頂きます。」
ハミュー   「なるほど……」
レイリア   「潜入捜査! なるほど!」
マリン   「……しかしですね、そこで問題が……」
イオリ   「問題?」
ハミュー   「???」
ミリエッタ   「問題というと…?」

マリンの表情が曇る。

マリン   「元々のスタッフがいれば、そちらにお客様の相手を任せて調査、ということができるのですが……」
マリン   「…………諸事情で今日、本来のスタッフの方が全員、到着が遅れているらしいのです。」
イオリ   「……えっと、つまり……?」
マリン   「なので…… それまでは私達だけで、お客様の対応をしなければなりません。」
ハミュー   「そういうお仕事したことないけど……大丈夫なんでしょうか……」
レイリア   「あらら~ 出来るかしら~?」
ミリエッタ   「ホントにこのメイド喫茶の店員さんしないといけないってコトですか…!?」
マリン   「そうなります…… 巻き込んで申し訳ありません、皆さん…… どうか力を貸してください……」

沈んだ表情を俯け、マリンが頭を下げる。
そんなマリンに、イオリが抱きついてきて。

イオリ   「ううん、わかった、じゃあがんばろっ」
ハミュー   「わ、わかりました……」
レイリア   「はーい!」
ミリエッタ   「分かりましたっ…これも、大切なお仕事ですしね…!」
マリン   「……ありがとうございます、イオリ、皆さん。」

快く引き受けてくれる四人に、安堵の息を吐く。

そして、時刻は開店時間。
マリンが厨房担当、それ以外の四人がホールスタッフとなり、アークスが接客する奇妙なメイドカフェが幕を開けた。


イオリ   「えっと……特に気をつけることとかないかなー?」
マリン   「気をつけること、ですか…… ……メイドらしく対応すること、でしょうか……?」
ハミュー   「(メイドらしく……がわからない場合は……)」
ミリエッタ   「メイドらしく…上手にできるかな…?」
イオリ   「メイドらしく、っていったらアレだよね……おかえりなさいませ、ご主人様ーって」
レイリア   「そうですね~ わたしも言われてました~!」

一応、マリンは本物のメイドでもあったのだが、メイドカフェにおける振る舞いなどに関しては知り得ない。
そうこうしている内に、男性二人のグループが最初の客として入店してきた。

男性客A   「えーっと…… もうやってるのかな? 」
イオリ   「あ、おかえりなさいませ、ご主人様ー!」
ミリエッタ   「わ、お客さんが…!おかえりなさいませ、ご主人さまっ…」
ハミュー   「(イオリさんすっごくのってる……)」
ハミュー   「おかえりなさいませー……」
レイリア   「おかえりなさいませー!」
男性客B   「……あ、ありがとう」

イオリが快活に、愛想良く挨拶するのを皮切りに、それぞれが特有の挨拶と共にお辞儀をする。
2人組みは常連であるのか、普段此処にいるはずもない四人を珍しそうな表情で見た。

男性客A   「あれ、今日は見たこと無い子ばっかりだね! 何処に座ればいいかな?」
イオリ   「ええ、お疲れでしょう? ささ、おくつろぎくださいねー」
レイリア   「どうぞ、お掛け下さいー」
男性客B   「……あ、ありがとう……」

手際良くイオリとレイリアが二人組につき、自ら椅子を引いて席に案内する。
その間に、また新たな客―― 今度は男女のカップルが入店してきた。

ミリエッタ   「ぁ、次のお客さんがっ…。女の人も一緒だから…ええとっ。おかえりなさいませご主人さま、お嬢様!」
ハミュー   「あ……おかえりなさいませー……」
レイリア   「おかえりなさいませー!」
イオリ   「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様ー」
カップル男   「うわ、今日の子可愛いね…… ただいまー、と」
ミリエッタ   「あ、ありがとうございますっ…お席の方に、ご案内致します~」
カップル女   「うん、ありがとうー」

カップル客は、ミリエッタとハミューが席に案内する。
ちなみにハミューの女装については誰も指摘する気配が無い。

レイリア   「おかえりなさいませ、ご主人様! ご注文は何になさいますか?」
イオリ   「お飲み物と……あ、何か召し上がりますかー?」
男性客A   「うーん……じゃあ、オムライスと…… コーヒーかな!」
イオリ   「そちらのご主人様はー?」
男性客B   「えっ? え、えっと……っ、……チーズケーキと、紅茶で…………」
イオリ   「はーい、すぐご用意しますねー!」

イオリ   「マリン、コーヒーとオムライス、チーズケーキに紅茶でー」
マリン   「はい、承りました。」

イオリ   「(メイドさん、やってみると楽しいかもー)」

レイリアが水をテーブルに置き、イオリが注文を受け取る。
二人は急遽スタッフをすることになったとは思えない、慣れた様子で接客していた。
そんな二人の様子を、ハミューが素直に感心したような、羨望のような、微妙な目で見ている。

ミリエッタ   「こちらのお席へどうぞっ。ご注文がお決まりになりましたら、お申し付けください~」
ハミュー   「(先輩も……なんでそんなにみんな順応できるんだろう……)」
カップル女    「えーと…… 金髪の可愛いメイドさんのおすすめは?」
ミリエッタ   「えっ、オススメですかっ!?ええとっ…」

対してこちらの二人は戸惑いつつ接客しているように見える。
メニューを渡すミリエッタだが、急におすすめを聞かれて咄嗟にメニューをめくる。

ミリエッタ   「こ、こちらの『にくきゅうパンケーキ』など、いかがでしょうかっ…?」
カップル女   「あ、可愛くて良いかも! じゃあそれ一つと…… ねぇ、ちょっと?」
カップル女   「あなたさっきから、赤いリボンの子のことずっと見てるけど……まさか……」
ハミュー   「……」
カップル男   「えっ……い、いやいや別に…… じゃあ、メイドさんのおすすめは?」

男性のカップル客は赤いリボンのメイド――ハミューを特に気に入ったようだった。
男性であることなど思いもしていないのだろう。

ハミュー   「え……え……っとぼ……私はこちらのチョコレートパフェをお奨めさせていただきます」
カップル男   「そっか、じゃあそれ!」
ミリエッタ   「チョコレートパフェですね、ありがとうございますっ。」
ミリエッタ   「オーダー、にくきゅうパンケーキとチョコレートパフェお願いしま~す!」
マリン   「承りました、ありがとうございます。」

ミリエッタ   「(…ふぅ…なんとか乗り切ったぁ…急にオススメ聞かれるなんて思わなかったよ~…!)」
ハミュー   「(接客ってたいへんなんだなぁ……)」

心の中で息を吐く二人。

男性客A   「緑髪のメイドさんも、ツインテールのメイドさんも、初めて見るけど……新人さん?」
イオリ   「はい、今日からお世話になってますー」
レイリア   「ふふっ お手柔らかにお願いしますね~」
男性客A   「へぇ、2人とも可愛いね! 2人がいるなら、毎日でも来たいくらいだよ、な?……あれ、おい?」
男性客B   「えっ!? そ、そうだな……うん」
イオリ   「ふふ、ご主人様ったらお上手ですねー、ありがとうございますー」
男性客A   「緑髪の子は、なんだか慣れてる感じするけど…… 前にもこういうお店やってたの?」
イオリ   「いいえー、初めてですよー」
男性客A   「そうなんだ、意外。 ツインテールの子は、なんか丁寧っていうか…… はは、本物のメイドさんだったりして?」
レイリア   「どうでしょうか~? そうだったりして…?」
男性客A   「えー、ホントに!? なんかミステリアスで良いなぁ…… 本物で可愛いメイドさんなんて完璧じゃん! そう思うだろ?」
男性客B   「えっ…… ……ま、まぁ……」

先程から心此処に在らずといった様子の男性客は、ちらちらとイオリを気にしていた。
彼の好みのタイプ……であるのかもしれない。

ミリエッタ   「(イオリさんとレイリアちゃんは上手くやってるみたい…うぅ、私たちも頑張らないとっ…)」
カップル男   「ねぇねぇ、君名前は? 初めて見るけど、今日入ったの?」
ハミュー   「え……は、はい……本日よりこちらで働かせていただいております……」
ハミュー   「(な、名前!?なんで名前とかきかれるのっ)」

内心激しく慌てるハミュー。
一応潜入操作でもある以上、無闇に本名を教えるのは避けるべきと言えた。

カップル男   「うんうん、やっぱりね! それで名前は? ねぇねぇっ」
ハミュー   「えー……(この姿で本名だけは……さすがに……)」
ミリエッタ   「(どうしよう、ハミューくんがピンチっ…)」

ハミュー   「ハ……ハミル、といいます……よろしくお願いします」

咄嗟に考え付いたと思われる偽名を口にして、ぎこちなく微笑む。

カップル男   「へぇ、顔だけじゃなくて名前も可愛いじゃん! 今日はついてるなぁ~」
カップル女   「何か、はしゃぎすぎなんだけど…… 金髪のメイドさんは、何ていうの?」
ミリエッタ   「わ、私っ?ええと、ミリィですっ…」
ハミュー   「(愛称もってるとこういう時いいなぁ……)」
カップル女   「ミリィちゃん? 可愛い名前ね。髪の毛さらさらで羨ましいわ、ふふ。
ミリエッタ   「あ、ありがとうございます…」

露骨にハミューに対して鼻の下を伸ばしている男性だが、恋人である女性の方は少し呆れている程度だった。
元々そういう性格なのだろう。

マリン   「イオリ、よろしくお願いします。」
イオリ   「あ、はーいっ」
イオリ   「おまたせしました、こちらオムライスとコーヒーですー……こちらチーズケーキと紅茶ですー」
男性客A   「お、ありがと! 美味しそうだねっ」
男性客B   「あ、ありがとうございます……っ」
イオリ   「今日の厨房担当はお料理上手な子ですからー……ごゆっくりどうぞー」

料理が出来上がり、それを乗せたトレーを受け取ったイオリがテーブルに運ぶ。

男性客A   「それは楽しみだなぁ。あ、あれお願いできるかな?ケチャップで文字書くやつ!」
男性客A   「じゃあ、ツインテールの子に頼めるかな?」
レイリア   「はーい! ご指名ですね~!」
イオリ   「じゃあ……ご希望ありますかー?」
男性客A   「んー…… じゃあ、めしあがれご主人様、で!」
レイリア   「はい! お任せください! ……失敗しても、怒らないで下さいね…?」

それなりの長文だが、自信なさげな言葉に対してすらすらとケチャップで文字を描いていくレイリア。
そして、その間も無言でイオリの方を見ていた男性客が、若干裏声でイオリに声をかける。

男性客B   「あ、あの……っ! め、メイドさんのお名前は……?」
イオリ   「(やっぱり本名はまずいよね……偽名でごめんなさいー)」
イオリ   「……カオリ、ですよー」
男性客B   「か、カオリさん…… ……こ、この紅茶、美味しいですね……っ」
イオリ   「ありがとうございますー」

明らかに挙動不審な様子で話しているうちに、レイリアが見事なケチャップ文字を描き上げた。

レイリア   「…っと! 出来ました~! 成功ですよ!ご主人様!!」
男性客A   「おおー、上手い! 新入りさんなのに…… やっぱり本物さんなのかな? メイドさん…… …えっと、名前聞いてもいい?」
レイリア   「ふふっ メイベルです~!」
男性客A   「メイベルさんかー! 覚えとくよ、メイベルさんがいたらいくらでも注文しちゃうかも!」
レイリア   「あら! それはとっても嬉しいです~!」

メイベル、と名乗ったレイリアは、本物のスタッフにも見劣りしないであろう対応を見せる。
オムライスを注文した男性客も、すっかり舞い上がった様子でオムライスを食べていた。
その間に、もう一方のグループの料理が出来上がる。

マリン   「ミリエ…… ……ミリィさん、お願いします。」
ミリエッタ   「あ、はいっ。ハミューく…じゃなかった、ハミルちゃん、運ぶの手伝って~」
ハミュー   「……え?あ、はいっ」

自分が呼ばれていることに気付かず、慌てて一方のトレーを受け取るハミュー。
二人分担してテーブルに注文を運ぶ。

ミリエッタ   「お待たせ致しました、にくきゅうパンケーキとチョコパフェですっ。」
ハミュー   「お待たせしました……」
カップル女   「ありがと、結構早かったわね。」
カップル男   「美味そうだなぁ! ハミルさん、このパフェあーんとかしてくれない?」
ハミュー   「……えっ!?」

突然のハードルの高い要求に、応えるべきかミリエッタを見て確認を求めるハミュー。
ミリエッタは小声とジェスチャー、曖昧な表情でそれに答える。

ミリエッタ   「え、ええと…頑張ってっ…」
ハミュー   「……で、では失礼して……」
カップル男   「ホントに!? やった!」
ハミュー   「どうぞ……ご主人様……」

間抜けに口を開ける男性客の口元に、パフェを掬ったスプーンを近づけるハミュー。
……が、その口に入る直前、恋人の女性客がスプーンを奪い自分の口に入れた。

カップル女   「デレデレしすぎでしょ! 困ってるじゃない……まったく」
ハミュー   「……あっ……あははは」
ミリエッタ   「あっ…あらら…」
カップル男   「ちぇー…… 折角ハミルさんがあーんしてくれたのにさー……」

曖昧に笑う二人と、あまり懲りていない様子の男性。
そうしている内に、もう一方のテーブルの客は大方料理を食べ終えたようだった。

男性客A   「美味しかったよ、ご馳走様。 ……なぁ、有料で記念撮影……ってやつ、お願いしない?」
男性客B   「えっ…… ………………そ、そうだね」
イオリ   「(え、そ、そんなのもあるの……!?)」
レイリア   「(これは…どう判断すべきなのでしょうか~)」
男性客A   「じゃあカオリさん、メイベルさん、写真を頼みたいんだけどー……」

店のサービスにあるとは言っても、潜入操作中に写真に写るのは避けなければならない。
厨房にいるマリンが、何とか理由をつけて断ってください、と小声とジェスチャーで伝える。

イオリ   「(え、い、いいのー?)」
レイリア   「そうですね~、なら勝負しましょう! ご主人様たちが勝ったら、一緒に写真を撮りますね!」
イオリ   「わ……え、ええ、勝負しましょうー!」
イオリ   「(レイリアちゃん、何か考えがあるのかな……?)」
男性客A   「え、勝負? なになに、面白そう!」
レイリア   「トランプで…そうですね~ ババ抜きは如何でしょうか~!」
男性客A   「ババ抜きー? オッケー、でも俺トランプ強いよ?」
レイリア   「あら、わたしも強いですよ~? 従者…じゃない、メイドですから!」
イオリ   「(あれトランプって運次第なんじゃ……っていうかマリンが断れって言うってことは負けるとまずい感じじゃ……?)」
レイリア   「(トランプで負けたことはないのです…!)」

ひそひそ声で相談する二人。

男性客A   「へぇー、流石だね! で、トランプはあるの?」
レイリア   「お持ちしますね~! 少々お待ちください!」
レイリア   「カオリさーん! トランプ出すの手伝ってください~!」
イオリ   「は、はーいっ」

二人は一度店の奥に下がると、やはり小声で作戦を話し合う。
一方、カップル客の方は相変わらず、男性の方があれこれと要求してくる。

ミリエッタ   「(レイリアちゃんたちは大丈夫なのかな…?私たちもこれはこれである意味ピンチだけど…)」
カップル男   「じゃあハミルさん、可愛いポーズつけてご主人様、って言って! 1回だけ!」
ハミュー   「……えっ……??」

男性であるハミューが、そんな要求をされてすぐにポーズが出てくるはずもない。
目線でどうすれば良いか、ミリエッタに助けを求めるハミュー。

ミリエッタ   「ええと、例えばこんなのとかっ…?」

ミリエッタが実演で示したのは、腰に角度をつけて手招きするようなポーズ。

ハミュー   「(難易度たかすぎる……)」
カップル男   「(わくわく)」

ハミュー   「……えー……では……」

苦渋の表情の後、ハミューが選んだのはお嬢様のような、上品で可愛らしい礼。

ハミュー   「またのご来店・・・お待ちしております、ご主人様……」
カップル男   「うぉぉぉ!!」

ハミュー   「(これでもう終りですよね……ねっ)」
ミリエッタ   「(…ハミューくん…頑張った、ね…)」

興奮収まらない様子の男性客に対して、二人は遠い目になっていた。
一方、イオリとレイリアの二人は店の奥で作戦を話し合っている。

イオリ   「……メイベルちゃん、大丈夫なのー? トランプって……」
レイリア   「さてと…カオリさんはウィンクすれば大丈夫なような気がしますが… ちょっとトランプに細工しますね」
イオリ   「ウィンク……? さ、細工? な、なるほど……?」
レイリア   「大丈夫です、故郷ではトランプでズルは基本なので~ あの方の顔を真っすぐ見つめて、目があえばパチンと」

「あの方」というのは、先程からイオリの事を気にし続けている、控えめな男性客の方だ。

レイリア   「そして、「負けたくないなぁ~」って呟いたら大丈夫ですよ!」
イオリ   「な、なるほど……?(ってそれで大丈夫なのかな……)」
レイリア   「恋する人は、性別がどうであれ可愛らしいものですね… さて、行きましょうか!」
イオリ   「は、はいっ」

男性客A   「お、トランプあった?」
イオリ   「……ええ、おまたせしました、ご主人様ー」
レイリア   「お待たせしました! ちょっと奥の方にあって… さて、勝負です! 負けませんよ~!」
男性客A   「了解、じゃあ配ってくれる? メイベルさん」
レイリア   「はーい! そういえばご主人様、お料理は如何でしたか?」

手馴れた様子で四人にカードを分配しつつ、自然に尋ねるレイリア。
聞かれた男性客は思い出すように斜め上を向き、素直に答える。

男性客A   「料理? そういえば、今日はいつにも増して美味しかったなぁ……」
男性客A   「違う人がやってるのかな? とにかく良かったよ!」
イオリ   「とっっっってもお料理上手な子ですからねー、今日は」
レイリア   「あら! 厨房担当が喜びます! 伝えておきますね~!」

男性客が余所見している隙に、レイリアが素早く認識阻害を施したカードを混ぜる。

レイリア   「さてと! さぁ、始めますよ! 負けませんからね~!」
イオリ   「わ、私もっ! 負けませんよー」
男性客A   「悪いけど勝ちにいくよー!」

レイリアがカードを配り終わると、ゲームの準備が終わり、それぞれがカードを引き始める。
一方、カップル客の要求はまだ続いていた。

カップル男   「ね、ね、今度はミリィちゃんと両手を絡めてみてくれない!? それで最後にするから!」
ハミュー   「え……っと……」
ミリエッタ   「えっ?私とハミルちゃんで…?ええと…」

どうするべきなのか、二人は顔を見合わせる。

カップル男   「向かい合って、両手を、こう……恋人みたいに繋いでくれたら良いよ! それで満足するから!」

ハミュー   「(……)」
ミリエッタ   「こ、こう…でしょうか…?」

ミリエッタがハミューの両手を取り、体を向かい合わせて指を絡め、カップルの男性客にその表情を向ける。
流石に恥ずかしいのか、二人とも頬がはっきり朱に染まっている。

カップル男   「いいねーーーー!! 恥ずかしそうな顔が2人とも最高だよ!」
カップル女   「なんかごめんなさいね、2人とも…… 後できつく言っとくから……」
ミリエッタ   「あっ、いえ…ええと、もういいですよねっ?」
ハミュー   「あ、ありがとうございます……助かりました……」
カップル男   「うんうん、満足した! ハミルさんとミリィちゃんがいるなら、明日も来ちゃおうかな!」
ハミュー   「えっと……ありがとございます……」
ミリエッタ   「あ、あはは…ありがとうございます…」

手を離し、曖昧な表情で笑う二人。
もう一方のテーブルでは、ゲームが後半に入っていた。

レイリア   「も~カオリさん、いくら勝負でも笑顔を忘れてはいけませんよ~?」
イオリ   「わ、ふふ、ごめんなさいー」
男性客A   「勝負はこれからだなー…… ジョーカー持ってるの誰かな? お前じゃないだろうなー?」
男性客B   「えっ……! い、いや、違うけど……」
イオリ   「(嘘つくの苦手な人みたい……)」
レイリア   「(何とかなりそうですね~)」
男性客A   「本当かよ? 俺これでペア引けば上がりだぜ?」

その言葉通り、男性客の手札は1枚。今レイリアの手札から引くカードがペアなら上がりになる。
そして勘が強いのか、まさにそのペアとなるカードに手をかけるが――

レイリア   「(そうです! それを引くのです!)」
男性客A   「よし、これ!」

引いたカードを確認した男性客はにやりと笑い、勢い良く手札を公開する。

男性客A   「やった! これで上がりだよ!」

レイリア   「あら…? その札、ジョーカーですよ? ここではジョーカーが勝ちだったのでしょうか…?」

レイリアが首を傾げる。
三人が手札を確認すると、レイリアの言葉通り、ジョーカーが1枚含まれていた。

男性客A   「えっ……!? あ、あれ……っ!?」
イオリ   「(え? ジョーカー……? あれ……?)」
男性客A   「……お、おかしいな…… 焦りすぎたのかな、はは……」
レイリア   「(オラクル技術に感謝ですね~)」
イオリ   「(な、なるほど、細工ってこういうことねっ)」

結局、何事も無かったようにゲームが再開する。

ミリエッタ   「(トランプの方は…大丈夫そう、かな…?)」
カップル女   「あ、ごめん、追加で紅茶お願いできる? ミリィちゃん。」
ミリエッタ   「あ、はいっ。オーダー、紅茶お願いしま~すっ」
マリン   「はい、承りました。」

手早くマリンが紅茶を淹れ、それをミリエッタに手渡す。

マリン   「ミリィさん、お願いします。」
ミリエッタ   「はーいっ」
ミリエッタ   「お待たせ致しました。お熱いのでお気をつけください~」
カップル女   「ありがとう。 ……ねぇ、ちょっといい?」
ミリエッタ   「あ、はい、なんでしょうっ…?」

女性がミリエッタに手招きし、その耳に小声で耳打ちした。

カップル女   「……変なこと言うかもしれないんだけど…… ハミルさんって、何かおかしくない……?」
ミリエッタ   「…えっ…?な、何もおかしなところはないと思います、よ…?あはは…(男の子だって気付かれた…!?)」
カップル女   「そう? でもなんか……うーん。」
ハミュー   「(ど、どうしよう……え、でもばれたらどうなるんだろう……)」

聴力が良いのか、話が聞こえていたハミューが冷や汗を流す。
しかし、女性客は結局、それ以上追求せずに笑った。

カップル女   「ごめんごめん、女の嫉妬みたいになっちゃったかな? 悔しいけど私より可愛いからねー……」
ミリエッタ   「い、いえいえっ。お嬢様もとっても素敵ですっ…!(ご、誤魔化し通せた、かな…?)」
カップル女   「あはは、ありがとう。良いメイドさんだねー」

ミリエッタ   「(…うぅ、メイドさんのお仕事だけで手一杯…なんだか、だんだん当初の目的を忘れそうになってくるよ~……)」
ハミュー   「(……なんて疲れる任務なんでしょうか……)」

深い溜息を吐くハミューを他所に、カード勝負はいよいよ大詰めになっていた。
今度はもう1人の男性客が、イオリの手札から最後のペア――上がる事ができる札に手をかける。

イオリ   「ま、負けたくないなー……」
男性客B   「っ……!?」
イオリ   「(うー、悪いことしてる気分だけどー……ごめんねっ)」

イオリと目が合った瞬間、慌てて目を逸らし、隣のカードを引いてしまう。
イオリの番になり、最後のペアが揃えば上がれる状況だが―――

イオリ   「んー、どれかなー……」
男性客A   「………………」
イオリ   「えいっ」

二枚の手札の内、右のカードを引くと、イオリのペアが揃う。
これで決着がつき、男性客が小さく項垂れた。

イオリ   「(ちょっとかわいそうな気がするけど……ごめんなさいー)」
男性客A   「あちゃー……負けたかぁ。 言うだけあって強いなぁ、2人とも」
男性客B   「うん、そうだね……」
男性客A   「でも、メイドさんとゲームができて楽しかったし、まぁいっか!」
レイリア   「そんなそんな! 楽しかったです~!」
イオリ   「ええ、楽しかったですー」

レイリアの機転により撮影は避けられたが、客の方はそれなりに満足している様子だった。
一方、紅茶を飲み終えたカップル客の方が席を立つ。

カップル女   「じゃあ、そろそろお会計しようかな。 なんかごめんね、新人さんなのに色々。」
ハミュー   「いえ……こちらも楽しい時間を過ごさせていただきました……」
ミリエッタ   「いえいえ、ありがとうございますっ。それでは、お会計…870メセタになります~」
カップル男   「はーい、お支払い」

男性が代金を支払い、ミリエッタがそれを受け取る。

カップル男   「また来るからね! ハミルさん、ミリィちゃん!」
ミリエッタ   「はい、丁度頂きましたっ。またのご来店を…」
ミリエッタ   「…じゃなかったっ。いってらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様っ。お気をつけて~!」
カップル男   「またねー!」

ミリエッタ   「…はふぅ~…お疲れ様、ハミューくんっ…」
ハミュー   「お疲れ様です……色々助かりました……」
ミリエッタ   「ううん、ハミューくんも頑張ったねっ。っと、トランプの方も勝負がついたみたい。写真撮影は無事に回避、かな」

勢い良く手を振るカップル客が見えなくなるまで見送ってから、深く息を吐く二人。
ゲームを終えた男性客達も、席を立ち会計に入る。

男性客A   「じゃあ、お会計するかな! いくら?」
レイリア   「カオリさん、いくらでしたっけ…?」
イオリ   「はーい、オムライスとコーヒー、チーズケーキに紅茶で……1460メセタになりますー」
男性客A   「はい! 遊んでくれてありがとねー、メイドさん!」
レイリア   「いってらっしゃいませ! ご主人様!」
イオリ   「 いってらっしゃいませ、ご主人様ー」
男性客A   「また来るからねー!」

二人分の代金を手渡すと、男性客達は店を後にした。
最後に振り返った男性客と目が合ったイオリがウィンクをすると、男性は頬を染め、慌てて顔を逸らす。

それと入れ替わりに、元々のスタッフ数人が店内に入ってきた。

スタッフ   「ごめんなさい、お待たせしましたー!」
ミリエッタ   「あっ…このお店の店員さんたち!?よかった~…」
レイリア   「ふぅ…何とか切り抜けましたねぇ~」
イオリ   「わ、よかったー」
ハミュー   「(よかった……これで解放されますね……)」
スタッフ   「私達は着替えてから入るので、交代で休憩入ってくださいー!」
イオリ   「はーいっ」
ミリエッタ   「はい、引継ぎお願いしま~すっ」

私服のスタッフ達はそこでメイド服に着替えるのだろう、事務所に入っていく。
それを見送り、厨房から出てきたマリンが四人に礼をする。

マリン   「……ふぅ…… 皆さん、よく頑張ってくれました。 ありがとうございます。」
ハミュー   「お疲れ様でした……」
ミリエッタ   「お疲れ様でした~…」
レイリア   「ふふ~ 楽しかったです~」
イオリ   「ふふ、これはこれで楽しかったー」
ミリエッタ   「わ…イオリさんもレイリアちゃんも凄い~…私たちはいっぱいいっぱいでしたよ~…」
マリン   「……そ、それなら良いのですが…… しかし、もう一頑張りしてもらわなければいけません。」
ハミュー   「ま、まだ……なにかあるんですか??」
イオリ   「忘れちゃいましたかー? ハミルちゃん」

客に振り回されすぎて忘れるのも無理は無いが、潜入調査はこれから行うことになる。
一通り働いてみても普通のメイド喫茶としか思えないが、この建物に手がかりはあるのだろうか?


  • 最終更新:2016-11-13 21:00:21

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