Determination of FightB 1

夜闇に包まれた、シャーレベン拠点。
静寂の夜にコツ、コツという靴音を響かせ、訪れたフレイが目的のために視線を巡らせる。
探し人は、その髪の金色のおかげですぐに見つけられた。

フレイ 「……悪い、待たせたか」
ロミオ 「あ、兄貴。大丈夫だよ……こっち」

ロミオの言葉はリラックスした口調ではあるが、その中に幾分緊張感が感じられる。
そしてその背後に、夜闇に溶け込むようにして立っていた男―― エトワールが、フレイににまりと笑む眼差しを向けた。

フレイ 「……ん?」
フレイ 「…………んん? いや、今はいいか。もっと大事な話があるな」

ロミオとエトワールの関係性を知らないフレイとしては、エトワールが此処にいる理由が掴めない。
しかしそれを問い詰めるより優先すべき事があるため、フレイは促されるままにロミオの対面の椅子に座る。

ロミオ 「……ああ、うん。気にしないで。……犬みたいなもんだから」
エトワール 「迂闊な坊っちゃんの番犬ってな」
ロミオ 「……それで、兄貴。僕もルリ伝いに事件の顛末を聞いただけなんだけれど……」
ロミオ 「兄貴の得た情報を知りたいんだ。……バカ犬が嗅ぎ回る基になるからね」

先日の事件の情報交換。
シャムシールら3人が行っていたのと同様、2人も手がかりを追っていた。

フレイ 「ああ。俺も、お前に相談しようと思ってた。いいタイミングだったな」
フレイ 「…俺も、詳しいことはわからないんだが」
フレイ 「ルリやマリンたちが閉じ込められた……っていう事件があったとき、メイリーンは…“本物”は、何者かに拉致されてた。」
フレイ 「リーダーから連絡があって、何はともあれ救助に、と……向かったのは、シップのどこにでもありそうな、小せえ研究施設だ。」
フレイ 「うちのリーダーのラボみたいな、いや、もっと小さいか? とにかく、目立った建物じゃなかったな…」
ロミオ 「研究施設……」

拉致されたメイリーンを直接救出したのはフレイなので、現状最も有力な情報を持っていると言える。
その言葉をひとつひとつ頭に入れるように聞いているロミオ。

フレイ 「それで、そうだな。中に入るのも簡単だった。ロックはあったが、一般的なもので、俺が蹴り破る程度はわけなかった」
フレイ 「メイリーンには無理だっただろうが……。どちらにしろ、あいつは眠ってたみたいだ。……ここが、妙な話なんだが……」
フレイ 「あの子には、暴力行為を受けた跡は全くない。本人も、いつの間にか眠っていて、今起きたら俺が来た、と言ってた。……正直」
フレイ 「相手の目的がさっぱりわからねえ。……どういうつもりなんだか」

小さく溜息を吐く。
メイリーンに被害がない事は喜ぶべきだが、それにより犯人の目的を絞り込むことができない。

ロミオ 「……相手は、メイリーンに何かするつもりは無かったのかも。……それにしては、やり方が悪趣味極まりないけれど……」
エトワール 「炙り出すか、あるいはそいつをタネに、部屋の外で動けるはずの戦力を分断したかったかもしれねぇな」
フレイ 「それにしちゃ、施設の中は手薄どころじゃない、無人だったぞ。防衛機構だの、警備ロボットだのすらなかった」
フレイ 「戦力を削いで、時間を稼ぐ気があったとは思えないな……。だとすれば、そもそも室内を爆破するのも主目的ではない…のか?」
ロミオ 「……自分の技術を試したかった、だけ、な訳は……ないよな」
エトワール 「大それた嫌がらせかよ……お仲間と命を盾に焦らせるだけ焦らせるのか」
ロミオ 「……そういう奴こそ厄介なんだ。メンバーに更に被害が出る前に、なんとか……」
エトワール 「……ま。精神攻撃ってやつはキくだろうしなぁ」

少ない情報からあれこれと推理を巡らせるが、結論を出すには痕跡が少なすぎる。
すると、口元に手を当て考え込んでいたフレイが、思い出したように口を開く。

フレイ 「……ああ、それと。メイリーンが言ってた内容で」
フレイ 「……本人も、夢うつつに感じ取ったものだから、確証はない、と言ってたが。炎が弾けるような……何かが燃え盛る音」
フレイ 「空気の焼ける匂い。……それから、女性の声を僅かに……聞いたような気がする、とは、言っていた。夢じゃなければな」
エトワール 「夢じゃねえのか」

きっぱりと言い放つエトワールに、肩を竦めてみせるフレイ。

ロミオ 「だが……偽物の最期を思い出させるような……」
ロミオ 「……嫌な偶然だね」

ウェイン 「そんなことを聞かれていたのか。 ……大口を叩いておいて迂闊なことだな」

唐突に響く、その場の誰のものでもない声。
それと同時に、少し離れた床から蒼い火柱が上がり、それが火の粉になって散ると、蒼髪の青年が姿を現す。

ロミオ 「……!……お前…」
フレイ 「………なんだ、お前」

気だるく壁にもたれていた身体を俊敏に翻すエトワールを始めとして、各々が程度の差はあれ警戒態勢をとる。

ウェイン 「ウェインと言う。その気があれば、覚えておいてくれ」
ウェイン 「こちらの連れのせいで、余計な話し合いの手間を与えてしまったようでね。こちらから出向かせてもらった。」
ロミオ 「……っ」
フレイ 「……?……お前、……。」
エトワール 「……」
エトワール 「連れってのは、悪趣味全開の誘拐爆弾魔のことかよ、ガキ」

ウェインと名乗る青年が、品のある礼を見せる。
それに対して、ロミオは悲痛に表情を歪め、フレイは微かな既視感に青年の顔を辿る。

ウェイン 「そういう事になるな。 だが、僕としても気に入らない手段だ。 この場で代わって謝罪させて貰う。」
ウェイン 「すまなかった。 今後はあのような下品な方式は取らせないようにしよう。」

深く頭を下げたりするわけではないが、軽く顎を引き、瞼を伏せて謝罪の意を示すウェイン。
しかしそれで3人が満足するわけもなく、むしろ疑問が増えるばかりだった。

ロミオ 「……どういう事だよ……」
ロミオ 「……またお前に聞かなけりゃならないことが増えたぞ……」

ロミオ 「……レン!」

「ウェイン」とは唯一、以前にも顔を合わせているロミオ。
同じ顔である友人、そしてマリンの義弟でもあるその名を叫ぶが、当の本人は眉一つ動かすことはない。
代わりに、合点がいったようにフレイが目を見開き立ち上がる。

ウェイン 「僕はそう名乗った覚えはないよ、ヴェネダレッタ管理官。 」
エトワール 「……、……? ……」
フレイ 「レン……、そうか、あの顔……」
フレイ 「……何してるんだ、お前。……姉貴を放っておいて」
ウェイン 「放って? ……ああ、君達からはそう見えるのか。 僕から見れば、君達こそが放っておいている、と言えるのだが。」
フレイ 「何…?」

意味深な言葉に、ウェインの紅い瞳を睨み真意を探る。

ロミオ 「どういう事だ……ちゃんと話してくれよ!」
ウェイン 「話して利になることと、ならないことがある。 それに関連して、此処に来たもう一つの目的を果たさせて貰おうか。」

ウェイン 「マリン・ブルーラインの身柄を渡してくれないか?」

静寂の夜に、その言葉はよく響いた。
予想していなかった言葉に、エトワールがぱちりと両目を瞬き、フレイが表情を強張らせる。

フレイ 「……理由の説明もなく、頷くと思うのか?」
ウェイン 「思わないが、今僕の口からその理由を告げることはできない。」
ウェイン 「だが、これだけは言える。 これは彼女の為の要求だ。」
ロミオ 「……レン……今のお前に、マリンさんを預けることは出来ないよ……」

エトワール 「あー……落ち着け落ち着け。っつーか俺らが牛女をどうこうとか、筋がちげぇだろって」
ロミオ 「っ……」

剣呑な空気が強まっていく中、それに割って入り2人を宥めたのはエトワールだった。

エトワール 「こちとら誰も預かった覚えも……いや一人はそのつもりもあるだろーが。渡す渡さねぇもあいつが自分で決めるべきだろ」
エトワール 「何で本人でなく、俺たちに言う? ……正面から振られるのが怖ぇってか。それとも……」
エトワール 「……あれで頑固だしな。テメェがいう、あいつのためが通用しねぇ、のか?」
ウェイン 「……噛み砕いて言えば、その通りだな。」

肯定を口にするウェインだが、エトワールに向ける眼は何処か、他の2人へのそれより鋭い。

ウェイン 「彼女は間違いなく首を縦に振らない。 理由を話せば尚更だ。」
ウェイン 「だから、君達の正義に聞いている。 それでも答えは変わらないか?」
ロミオ 「……彼女が納得しないことを分かっていて、それを僕達に聞く……」
ロミオ 「……今の…お前には、やっぱり預けることは出来ない」

ロミオの表情は依然曇ったまま変わらない。
対して、フレイはいよいよその瞳を攻撃的な色に染め、ウェインを睨み上げる。

フレイ 「はッ…… 正義だと? だんまりのクセに、よく言えたもんだな」
フレイ 「マリン本人が、お前と行きたいというなら、喜んで見送ってやるよ。……だが、そうでもなければ、俺は納得できねえな。」
フレイ 「せめてその口、開いてみせろよ。“ウェイン”」
ウェイン 「……フレイ・フェミング。 君は本当に、その選択を後悔しないと断じられるか?」
ウェイン 「その結果、彼女を失うことになっても? 逆に自分が消える結果になったとしても、正しかったと言える覚悟があるのか?」

紅い瞳を細め、抑揚の無い声で応えるウェインに、フレイの苛立ちは増していくばかりだった。

フレイ 「……だから、説明してみろ、って言ってんだろうが。不透明なモンを信用しろってのか?(苛立った様子で瞳を歪め)」
フレイ 「失う理由は? 消える理由は? それがわからないまま何を判断しろと? 信用できないものを選び取るわけにはいかねえ。」
ウェイン 「その程度か、君は。 自分の選択で誰かが傷つくことを恐れているのか?」
ウェイン 「要は、闇に足を踏み出してでも目的を遂げる覚悟が無いのだろう?」

ふ、と嘲るように笑う。
その瞬間、ガツン、という重い音と共に、いつの間にかフレイの手で実体化した大剣が床に突き刺さっていた。

フレイ 「……あのクソガキ」
ロミオ 「……兄貴!」
フレイ 「答えられないから、煽って話を逸らすつもりか? その手に乗るかよ……」
エトワール 「やめとけやめとけ色男。相手は喋り出したばっかのガキじゃねぇか。こっちがオトナになってやんなきゃだろ」

爆発寸前のフレイを諌めたのは、やはりエトワールだった。

エトワール 「まーあれだ、テメェもばぶばぶダダばっか捏ねてねーで、そっちも目的があんならよ」
エトワール 「いさぎよーく泣きついてこいよ。なあ?」
ロミオ 「……エトワール……」

それでも相変わらずの口の悪さに、ロミオも頭を抱えて溜息を吐く。
ウェインも流石に眉間に皺を寄せ、エトワールを視界に映した。

ウェイン 「……何も変わっていないな、君は。」
ウェイン 「いや、変わりすぎたのか。 牙が折れたから、そうして虚勢を張る。」
エトワール 「ははは、挑発まで砂糖みてぇに甘いぜ」
ウェイン 「だが、君の言う事も一理はあるな。 こうしていては一向に埒が明かない、平行線だ。」

そう言うと、その手が蒼炎を纏う。

ロミオ 「……何も話す気がないなら、このまま退いてくれないか、レン!」
ロミオ 「……こんなの、何の意味が…!」
フレイ 「人がせっかく我慢してやってんのにホントあいつ……」
フレイ 「どこに可愛げ落としてきたんだよ……」

ロミオの悲痛な言葉に応えてなのか、ウェインは炎を纏った手の人差し指を立て、真っ直ぐロミオを見据えた。

ウェイン 「では一つだけ、僕に答えられる範囲で質問を聞こう、管理官殿。」
エトワール 「……」

エトワールが一歩身を退き、ロミオとエトワールの視線が交差する。
僅かな沈黙の後、ロミオが口を開いた。

ロミオ 「……レン。お前の後ろに居るのは誰なんだ」
ロミオ 「何が僕達に挑戦して来ている?」
ロミオ 「……何がお前を変えたんだ…?」
ウェイン 「…………」

ウェインはすぐには答えず、腕を組み、瞼を伏せて何か考えている様子だった。

ウェイン 「最後の問いについては、今は関係のない事柄だ。 もう一つに対しても、喋る気は無かったが……」
ウェイン 「……そうだな。 口止めされているわけでもない、君は早くに知っておくべきだろう。 それが、僕にできるせめてもの慈悲だ。」

小さく息を吐き、ロミオ、フレイ、エトワールの3人が視線を向ける中で。
その薄い唇で、ゆっくりと、その名を紡ぐ。


ウェイン 「セラフィナ・ブルーライン。」



  • 最終更新:2016-11-13 21:03:21

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