Blue Destination 3

「…………ん、んん…………」

ゆっくりと、マリンの瞼が開かれる。
その視界は暗闇ではない。まず映し出されたのは、明るさを取り戻しつつある夜明けの空だった。

「……わ、私は……?」

上半身を起こしてみる――――問題なく身体が動いた。
戦闘で負った傷はそのままで身体中が痛むが、その身を蝕んでいた脱力感は完全に消えている。

信じられない事だが、自分は助かったらしい。

「――――! ……リンは何処に、」

自らの無事を喜ぶ前に、救おうとしていた少女の行方を探そうとする。
だが立ち上がる前に、背中側から聞こえた声でその動きは止まった。



『……大丈夫?』



「っ!?」

ばっ、と勢いよく後ろに振り返る。
そこには赤い少女が、先ほどと変わらぬ姿で、心配そうな表情をこちらに向けしゃがみこんでいた。
恐らくマリンが気を失っている間もそうしていたのだろう。

何か考えるより先に、思わず駆け寄って抱き締めてしまう。

『わっ』
「リン……! 良かった、無事だったのですね……!」

驚き短く声を上げるリン。
だが、次に彼女が発した言葉は、マリンにとって予想外のものだった。

『……ごめん。わたしの名前、リンって言うの?』
「…………え?」

回した両腕を離し、まじまじと自分に似たその顔を見つめる。
からかっているような様子ではない。

「…………記憶が、無いのですか?」
『うん……ごめん。目が覚めたらここにいて、何も覚えてなくて。近くで、貴女が倒れてたから』

思えば、話したのは先ほどが初めてだが、口調や雰囲気が異なっているように感じる。
リンが行ったのは、言うならばマリンに不足している部分を、自らの身そのものを構成していたフォトンを与えて補う、というもの。
奇跡的な確率で身を維持できる程のフォトンを残す事ができたが、記憶までは維持できなかったのだろう。
フレイから授かった、リンという名前も忘れてしまった。

『貴女の事、何だか放っておけなくて。……何も覚えてないのに、変だね』

でも、それでも。

「……っ」

生きていてくれた。
マリンにとっては、それだけで十分だ。

泣きそうになりながら、もう一度リンの身を抱き寄せる。

『あ……。 ……えっと、…………ごめんなさい、貴女……は?』
「……マリン、です。あなたは、リン。私の命を、二度も救ってくれた人です」
『え? …………うぅん、ごめん。大事な事なのに、思い出せない……』
「……ふふ、良いんですよ、無理しなくて。私が、ちゃんと覚えていますから」

一度身を離すと、リンの手をとって二人で並ぶ。
何でもない事のようで、今まで決してできなかった事が、それだけでとても嬉しかった。

「さあ、行きましょう。仲間が待ってるんです。あなたの帰りも、待っていてくれていますから」
『そうなの?……そういえば、わたし達はあそこで何してたの?』
「それは…… ……ふふ、歩きながらお話します。これから少しずつ、…………、…………?」
『……マリン? どうしたの?』

言葉の途中で、マリンがぱくぱくと唇だけを開いた。
それを不思議に思ったリンが、マリンの顔を覗き込む。
しかしやはりマリンは言葉を発さず、唇だけを動かす。

「…………、…………!」

喉を押さえる。
声が出ない――――それをリンに伝える事もできない。

『声が出せないの?』
「……!」

様子から推測した……とも考えられるが、まるで実際にマリンからそう聞いたかのようにリンは問う。
マリンの正面に回ると、案じるようにその顔を覗き込んで。

『……ごめん、わたしじゃどうにもできないや。貴女の仲間は、どっちにいるの?』
「…………」

すると、マリンが指を差す前に、リンがマリンの手を引いた。

『行こう。何か知ってないか、聞いてみなきゃ』

瓦礫が散らばり荒れた道を二人が歩く。
長い夜が、明けようとしていた。


→Epilogue

  • 最終更新:2017-09-30 22:55:14

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