Blue Destination 2

無数のフォトンブレードが、闇を裂き夜空に煌く。
ありとあらゆる角度から飛来する光の剣が、何れも必殺の威力を伴ってリンを狙う。

重力から解放されているかのように、赤い少女は自在に跳んでそれを避ける。
地に激突した光剣が舞い上げる塵煙の中を、踊るように駆け回避するリン。
限界まで低くした姿勢で一気にマリンまで肉薄し、自らを中心とした円を描くように、緋色の斬撃を放つ。

最低限の動きで避けるには、斬撃の範囲が広すぎる。
斜め後方に跳躍するマリン。上空から、爆撃のように無数のフォトンブレードを発射する。
だが、雨のように降り注ぐ光剣を前にリンは退かない。
地を蹴り跳んで、上空のマリンを追う。

恐怖という感情が存在しない故か、それとも並外れた戦闘センスの成せる業か。
無数の光剣の間を、その光剣を足蹴にして跳び移りながら、一瞬でマリンに迫った。
緋色の剣が、容赦なくマリンに振り上げられる。

「ぐ、っ……!」

飛翔剣をクロスさせて受け止める。
だが足場のない空中で、強力無比な紅の一閃を無効化する事などできない。
振り下ろされた剣によって、派手に地上に叩きつけられた。

立ち上る塵煙。
受身は取ったものの、これから先も対応しきれる保障は無い。
少しの余裕もない状況でありながら、マリンは着地したリンを見据えながら、小さく笑った。

闘いが、楽しい。
この感情は、恥ずべきもので誰にも知られてはいけないと思っていた。
増してや今、闘いの果てに仲間は傷付き、自らの命が懸かっている。
それでも、全力で立ち向かい、それ以上の力を返してくるリンとの闘いを楽しみたい。
他の誰かに責められたとしても、止める事などできそうにない。

「(…………でも、もし、不満があるとすれば)」

意志も感情も備えた、万全のリンと戦いたかった。

彼女の命は、15年以上前に一度終わっている。
本来であれば、自分の身体に宿る形になったのが有り得ない程の奇跡で、こうして対面できる状況になっているのもまた奇跡だ。
これ以上を望むのは強欲なのかもしれないが、それでも。

この闘いに打ち勝ち、本来あるべきだった姿の彼女を取り戻して。
彼女や仲間と共に、自分達の艦へ帰る。
そんな誰もが幸福な、素晴らしいハッピーエンドを夢想してしまう。

いや、夢想ではない。
幾ら可能性が低くても、現段階で何の打開策も得ていなくても、必ずそうすると誓った。
であれば、それ以外の結末は認めない。

「……まだまだ、ですよ」

二つの剣を構える。

リヒャルダから渡された薬品の有効時間は、残り僅かだ。
それが効いているからこそ、日常生活すら支障の出る身体で今まで戦えていた。
薬の効果が無くなれば、これまで無効化していた全ての負担が身体を襲う事になる。

それでも、マリンは臆さない。
奮い立てるように、滅多に張り上げる事のないその声を、響かせる。


「――――あなたに勝ちます、リン!!」


再び、マリンが地を蹴った。
周囲に展開したフォトンブレードと共に、二振りの剣でリンに斬りかかる。

だが、マリン同様、リンにもマリンの動きが見えている。
フォトンブレードの軌道は全て見切られ、振り下ろす飛翔剣本体もリンの剣に止められてしまう。
拮抗勝負になれば、力でより勝るのはリンだ。
それでは、ジリ貧になり徐々に防戦に陥っていくだろう。

「はぁッ!!」

剣を握ったままの片手を翳す。
テクニックによる氷の礫が、リンの眼前で弾けた。
リンは咄嗟に背後に跳び、結果的に鍔迫り合いを仕切り直し追撃を防ぐ。

セラフィナ戦でクロエが見せた戦術だ。
姑息や卑怯とは思わない。立派な勝利の為の戦略、そう思うからこそそれを借りた。
稼いだ時間で、再びフォトンブレードを展開し直す。

「……まだ、まだッ」

地を蹴り距離を詰めながら、簡易なシフタで自らのフォトンを励起させた。
光剣を解き放ちながら、低くした姿勢で加速する。

力、スピード、技量。決定的と言える差は無いものの、その全てにおいてリンはマリンを上回っている。
本来であれば、正面からぶつかり合って勝てる道理はない。
だが、リンには持ち得ない、“マリンだけが持っているもの”がある。

フォトンブレードを降り注がせる。続け様に、二つの飛翔剣による連撃。
応えるリンの剣捌きには、一切の衰えが見られない。無数の光剣の悉くを打ち払い、飛翔剣の斬撃も難なく弾く。
それなら。

「――――――ッ!!」

食らいつくように咆哮を上げる。
かと思えば、片側の剣の柄を口に咥え、もう一つの剣を両手で持ち直した。
片手で二本振るのでは無く、両手で振るう一本で、リンの剣の重さに対抗する。
ガキン、という重い衝撃音が何度も響き、激しく二人の剣がぶつかり合う。

防がれれば一度退き、剣を真上に放り投げたかと思えば、二つの手で地をつき逆立ちになり、回転蹴りを放つ。
そこから獣のように四足で地を蹴り跳び上がって、剣をキャッチし振り下ろした。
野生的、立体的な攻撃。ルリが駆使する戦い方だ。

「マリンの攻撃」は読めても、そのマリンが共に闘い目にした、ルリやクロエの闘い方まで共鳴で感じ取る事はできない。
真っ向から、一人で戦って勝てないのなら、彼女達の力を借りる。
それは、意志も感情も記憶も存在しないリンには、不可能な事だ。

テクニックによる氷柱を周囲に展開し、一斉掃射――――その死角を補うように、フォトンブレードを放つ。
恐るべき速度で回避するリンだが、その肩を微かだが光剣が掠めた。
互角に渡り合えている。
自分に持てる全て、それ以上のものを全て使って、リンと戦えている。

だが。それだけで終わる程、彼女は。
赤い少女は、甘くはない。

リンが右手に持つ剣が、赤く発光する。
マリンがそれを認識したその時、リンの姿は既に眼前まで迫っていた。

「っ……!?」

薙ぎ払いの一閃。攻撃が読めていたとしても、あまりにも速すぎる。
無理矢理に、身体をひねって回避する。
がら空きになったその身に、容赦なく回し蹴りが叩き込まれた。

「が……っ、あ…………ッ!!」

間一髪、腕でのガードが間に合った。
だが、衝撃は到底殺し切れない。弾丸のように吹き飛び、塵煙を上げて身体が地に転がる。
それでも即座に立ち上がり、口内が切れて流れた血を手で拭った。

「…………負けられ、ない」

連戦での疲労やダメージは、とっくに限界を超えている。
リヒャルダから受け取った薬の有効時間すら、既に終わっていた。
全ての負荷が一気に全身へ押し寄せているというのに、マリンは闘う事をやめようとしない。
今その身体を動かしているのは、意志と執念のみ。

振り絞るようにフォトンを励起させる。
瓦礫を蹴って跳び、一気にリンまで迫る。

再び、死力を尽くした剣と剣のぶつかり合い。
単純に真っ向から打ち合うのでは、リンには勝てない。それはここまで戦って嫌という程思い知っている。
それでも全力で剣を翳す。防がれても、弾かれても。
一見単純すぎる軌道で、斬撃を加える。

リンの蹴りを躱して生まれた隙。それを見逃す筈も無く、紅の斬撃が迫る。
寸での所で斬撃を止めた片手の飛翔剣が、粉々に砕け散った。
――――だが、そこにマリンはいない。

マリンの飛翔剣は、思いを形にする無形の剣。
あえて強度を下げ砕かせる事で、目晦ましに利用したのだ。

剣一つを犠牲にして得た隙で、リンの背後に回る。
両手で持った飛翔剣で、渾身の斬撃。
振り向き様の剣によって受け止められはしたが、不意をついたその一撃はリンの身体を吹き飛ばした。

「……はぁっ、はっ……」

全身から汗が噴き出している。肩を上下させ呼吸しながら、巻き上がる塵煙を睨む。
ゆっくりと塵煙の中から現れるリン。
無傷ではないが、その呼吸や動作に乱れは無い。

「……どうやら……一撃に賭けるしか、無いようですね」

こちらの身体はとうに限界を超え消耗し、相手は目立ったダメージも無し。
これ以上は長引かせられない――――ならば、取るべき手段はひとつ。
残った力を全てあと一撃に注ぎ込み、勝敗を決する。

自らの手に残された、一本になった飛翔剣を強く両手で握る。
恐怖は無い。 どうしようもない高揚と、適度な緊張だけがある。
自分の全てを乗せた攻撃が彼女に通用するか。考える事はそれだけ。

「(…………フレイさん)」

一瞬だけ、剣を強く握ったまま瞼を閉じる。
自分を信じて、命掛けで此処まで向かわせてくれた人の顔を、笑顔を瞼の裏で思い出す。
もう一度会いたいから。感謝を伝えたいから。だからこそ、必ず勝つ。

そして、向かい合うリンにも想いを馳せる。
自分以上に、彼女には幸せな結末が訪れるべきだ。そうマリンは思う。
幼い子供の身で無惨に命を散らされ、第二の生を得たかと思えば他人の命の踏み台で終わる結末など、悲しすぎる。
悲しい物語はもうたくさんだ。増してや、自らの恩人なら尚更。
もし此処で自分の命が尽きたとしても、せめて貴女には幸せな未来があるように。

最後の祈りは終わった。
後は、何も残らない程に持てる全てを尽くすのみ。

「……行きます」

静かに飛翔剣を構える。
リンも、相手が次の一撃に全てを賭けてくるとわかるのだろう。
今までより重く剣を構え、二人は無音の中で対峙する。



「リン―――――――ッ!!!」



全てを賭して、最後の突撃をかける。
斬撃は一瞬。X字を描くようにして交差した後、二人は位置を入れ替わるようにして背を向ける。

静けさ、沈黙が永遠に続くように思えた。
時間が止まってしまったかのように、二人の動作はぴたりと止まって。


それでも、時はまた動き始める。
如何に残酷なものであっても、それが闘いである以上、“勝敗”という裁きから逃れる事はできない。





「…………ふ、ふ………… ……強い、ですね…… でたらめな、程、に…………」





がくん、とマリンが両膝をつく。
続いて、からんという乾いた音と共に地に転がる飛翔剣。


届かなかった。


リンの方は傷を負いふらつきつつも、立ったままゆっくりとこちらへ振り返る。
それを確認する事もできず、マリンの身体はうつ伏せに倒れた。

もはや、指一本動かす事もできない。
視界は真っ暗に暗転し何も見えず、身を起こす力は何処にも残っていない。
タイムリミットだ。

「……ごめん、なさい…… 約束……、守れません、でした…………」

わかるのは頬を伝う涙の感覚と、少しずつ近付いてくるリンの靴音だけ。
それは起き上がる所か指一つ動かせないマリンにとって、死神の足音だ。
だというのに、その口元は笑っていた。

「勝てなかった、のに…… 何もできなかったのに……私、限界まで戦って、負けて……今、心から満足しているんです……」

リンの靴音が、倒れているマリンの間近まで来て、止まる。
全力を出し敗れて、リンの手にかかって命を終えるなら、それは自分にとってこれ以上ない最期だと思えた。

「……あ、はは…… 本当に、どうしようもない、ですね、私…… ……やっぱり、最初から、あなたに、ふさわしくなかったの、かも……」

ゆっくりと瞼を閉じる。
数え切れない程の謝罪も、感謝も、もう伝える事はできないが。
ここまで自分についてきてくれた仲間と、リンの未来が、幸福であるように。







『馬鹿ね』


「…………っ!?」

聞き覚えのない声が聞こえた。
いや。耳にした事はないが、自分はこの声を知っている。
相変わらず視界は真っ暗で、起き上がる事もできないが、何とか僅かに首を上げる。

「……リ、ン……? リン、なのですか……!?」
『そうよ。貴女がうるさく呼ぶから起きたの』

赤い少女は、倒れたマリンの傍らにしゃがみこむ。
だがその表情はつい先ほどまでの“無”では無く、呆れと慈愛を混ぜたような、これ以上なく感情に溢れた顔だった。

「……良かっ、た…… 仲間が待っていますから、あなたもそちらに、」
『何言ってるの。まだ、やる事があるでしょ』

心から安堵の息を吐くマリンに、リンのてのひらが翳される。

『セラフィナのやつがわたしを起こそうとした目的。それを、叶えてやらないと』

リンの手から、マリンの暗闇すら照らす程の赤い光が生まれる。
それはリンのフォトンであり、フォトンだけで成り立っている今のリンの命そのものだ。

「……まさ、か…… 犠牲になるつもり、なんですか……!?」

それだけは認められない。でなければ此処まで来た意味が無い。
全ての力を失った筈の身体に鞭を打って、身を起こそうともがく。

「ダメ……っ、それだけは……! やめてください、リン!!」

何としてでも止めないといけない。だというのに、身体が動いてくれない。

「あなたを救うために、此処まで来たんですよ……!?今度こそ……今度こそ、あなたに幸せを得てほしいから!」

「母さんがあなたの身体を作ったからって、その目的になんて乗らなくて良い!あなたにだって立派に、好きに生きていく権利があるんですよ!?」

「そうじゃなきゃ、私は…… 私達は、一体何のために…………っ」

涙だけが溢れていく。
リンの光は、より輝きを増していくばかりだ。
こんなにも近くにいながら、何も抗えない自分の身が恨めしかった。

『……本当、馬鹿ね。勘違いしないで。わたしを起こしたのは、セラフィナじゃない』
『貴女よ、マリン。あなたが死に物狂いで向かってきたから、わたしの目を覚ましたの』

リンの指が、マリンの目元の涙を拭う。


『言っておくけど。わたし、死ぬつもりなんて毛頭ないわ。貴女は生きる、そんなのは当然。ならわたしは、世界の理を曲げてだって、何度でも生き返ってみせる』


――――ああ、どうして。
どうして、あなたはそんなにも強いのだろう。

残酷に未来を踏み躙られ、弄ばれて。なのにその緋色の輝きは少しも色褪せない。
瞼の裏からでも感じ取れる、その眩い輝きに、ただ心を奪われていた。

緋色の巨大な光柱が、夜明け前のリュケイオンの空へ立ち上る。
朝日に先駆け夜闇を照らすその光は、フレイ達は勿論、中心部に住む市民の眼にも見えただろう。



  • 最終更新:2017-09-30 22:53:03

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード