異変の兆し 2

その場の8名の内、誰のものでもない男性の声が、突如室内に響く。

ティルト    「ん?」
イオリ    「あら…?」
シャムシール    「ん?」
ミリエッタ    「えっ…?」
イフェスティオ    「…?」

と同時に、ぴ、という電子的な音が出入口のドアから聞こえた。
その音に反応したマリンがドアに駆け寄り、急いで触れる。

マリン    「……あ、開かない……!?」
ルリ    「……」
イオリ    「…えっ?」
イフェスティオ    「は?開かねぇ?」
シャムシール    「えっ?」
ミリエッタ    「これは…どういうことです…?!」

異常に気付いた各員が立ち上がる。

シャムシール    「マリンさん、試しましょうか?」
イフェスティオ    「ぶっ壊すかー?」
マリン    「いえ、これは相当なロックです…… 解除にもかなりの時間が……」

マリンが端末を操作し、解除を試みながら言う。
高度なハッキングにより、出入り口は完全に塞がれ、閉じ込められたようだ。

それに続き、男性の声が再び聞こえてくる。
恐らく、同じようにハッキングで別の場所から声を届かせているのだろう。

男性の声    「ささやかながら、私からも一つゲームを贈ろう。その部屋には、時限式の爆弾が仕掛けてある。」
イオリ    「爆弾…!?」
メイリーン    「……どこから……男、の声ですよねぇ……」
男性の声    「たった今カウントを開始したから、このままだと全員ドカンだ。解除する手段は、ひとつ。」
男性の声    「そこに集っているアークス諸君だが…… 残念ながら、君達の中に一人、「贋作」が紛れている。」
イフェスティオ    「がんさ……」
ルリ    「……にせものとか、そういう意味ですね」

言葉の意味をいまいち理解していない様子のイフェスティオに、ルリが補足する。

男性の声    「こちらの技術で、本人に瓜二つの人形を用意させて貰ったよ。 君達7人の内、1人はただの人形ということだ。」
イフェスティオ    「そんなのできんのか…?」
男性の声    「本物は今、こちらで預からせて貰っているけどね。」
ルリ    「……何?」
シャムシール    「・・・・・・。」
ティルト    「んー…」
ミリエッタ    「…人形…!?そんなハズはっ…」
メイリーン    「……趣味悪いですにゃ」

この場の誰かの内、1人を拉致して、代わりに精巧な贋物をこの場に紛れさせている。
招待の掴めない男性の言葉が意味するのはそういうことだ。

あまりに突拍子が無く、壮大な虚言ともとれる言葉に、各々が表情を顰める。

男性の声    「君達が見事その偽者を見破ることができたなら、そこの端末にその名を入力すると良い。それで爆弾は停止する。」
イオリ    「……」
シャムシール    「・・・それ、間違えたらどうなるんでしょうねぇ。」
男性の声    「できなければ、察しの通りの結末だ。 さぁ、話し合いの時間だよ。」

一方的に説明し終えて、声は遠ざかっていった。

ティルト    「どかーん、じゃろうな?」
ミリエッタ    「…どうしましょう…このままじゃ…!」
イフェスティオ    「いや…そう言われてもだな…」
シャムシール    「スリリングな展開になりましたねぇ」
マリン    「……これは……。 爆弾が仕掛けてあるのが真実、とは言い切れませんが……」
マリン    「これだけのロックをかけられるなら、時限式の爆弾を仕掛ける程度、わけないでしょうね……」
イオリ    「…もし、本当だったら、誰かが今、囚われてるってことに…」
メイリーン    「そうなりますにゃ。……この中の誰かの、本物が」
ティルト    「まぁ普通に考えるとそう、じゃがのぅ?」

簡単に話し合うが、このままでは埒が明かない。
閉じ込められている以上、まずは話を整理しないことには始まらないようだ。

シャムシール    「・・・趣味が悪いですね。探りあえってことですかね。」
マリン    「……止むを得ません。 ひとまず、情報を揃えてみましょう。」
ティルト    「ん、そうするか」
イオリ    「…そうですねー、早く助けてあげないと」
ルリ    「……信じるにしろ信じないにしろ、ヒントが少なすぎるしね」

メイリーンが不安の表れか、傍らのイオリの手を握る。
イオリはそれをぎゅっと握り返して、にっこりと笑いかけた。

マリン    「この中に、今回誰かと複数人で此処まで来た方はいらっしゃいますか?」
ミリエッタ    「…いえ…私はメールを見て、一人で来ました…」
イオリ    「私は一人でしたねー…」
ルリ    「私も」
シャムシール    「俺も一人ですね・・・。」
ティルト    「妾もそうじゃな…」
イフェスティオ    「俺も一人だ。」
メイリーン    「皆一人だと思いますにゃ。それぞれメールをもらって」

メイリーンの言う通り、それぞれが1人でこの施設まで来ているようだ。

マリン    「……つまり、全員が此処に来るまでの他の人のことを、知らないということになりますね。」
イオリ    「そう、だねー…」
ルリ    「絞るにはまだ足りないか……」
マリン    「では次は、順に連絡を受け取ってからここに来るまでの行動を話していきましょうか。」
ルリ    「ここにくるまで?」
マリン    「はい。私は、ミス・リヒャルダに今回の司会と準備をお願いされ、先にこの場所に来ていました。」
マリン    「つまり、私が一番最初に此処に到着しています。」
マリン    「えぇと…… 次はルリ、お願いできますか?」
ルリ    「私は、ナベリウスから……少しご飯のたねをもらって、置いてから」
ルリ    「……何もおかしなことはなかった、と思うんだけど」
マリン    「なるほど。 ミリエッタさんはどうです?」
ミリエッタ    「私は…今日もいつも通り、1日地球に滞在していて…」
ミリエッタ    「リヒャルダさんからのメールを受け取って、慌ててアークスシップに戻ってきて。そのままこの部屋に直行でしたね…」




ミリエッタに続き、残りの五人の行動もそれぞれ聞き出したが、何もおかしなことはない。

マリン    「皆さん、ここまでで何か気になったことはありますか?」
イオリ    「そ、そういわれてもー…」
ミリエッタ    「うぅ~ん…特に思い当たることはないですね…」
イオリ    「…あの」

早くも手詰まりかと思われた時、イオリが控えめに挙手して切り出す。

メイリーン    「イオリちゃんどうかしたかにゃ?」
イオリ    「「贋作」は、いつ用意されて、いつ本物と入れ替わったのかしらー…?」
イオリ    「言い換えれば…本物さんが捕らわれたのはいつなのかしら?」
イフェスティオ    「……俺も気になったんだけど。」
マリン    「それは…… 確かに気になりますね。 正直、この中の誰かが本物ではない、と言われても、まだ信じられませんし……」
ルリ    「ここに来る途中、あるいは最初から……」
イオリ    「ここにきたあとじゃないでしょうし…くる直前? それとも、今日のどこかの時点ですでに…?」
イフェスティオ    「「贋作」って、ニセモノだろ。記憶は?」
シャムシール    「・・・・・・。途中で席をはずしたって言っても、短時間ですしねぇ。」
イフェスティオ    「かなり前の、入れ替わる前の記憶って、ニセモノにはあんのか……?」

贋物についての情報は重要だが、現状それを知る手段は無い。
そんな時、再びどこからか声が室内に響いた。

男性の声    「ああ、それを教えないのはフェアではなかったね。」

イオリ    「わっ…」
ミリエッタ    「……!?」
メイリーン    「……見てるんですか。ほんとうに趣味が悪いですにゃ」
ルリ    「……」
男性の声    「入れ替えさせてもらったのは、今日のことだよ。 勿論、此処に君達が着くまでの出来事だ。」
男性の声    「そして、その人物の記憶までコピーしているから、ちゃんと以前の出来事も知っている。」
イフェスティオ    「どういう技術だよ……」
シャムシール    「・・・・・・・・・。」
ティルト    「ずいぶんな技術をもっておるのぅ」
ミリエッタ    「…記憶までコピーしてるなんて…そんなの、どうやって見破ればっ…」
男性の声    「まぁ、長時間持つ代物ではないから、大した用途には使えないがね。 それでも、その部屋が爆破されるまでは持つけれど。」
シャムシール    「過去を照らし合わせるのは、あんまり有効じゃなさそうですねぇ・・・。」
イフェスティオ    「短期決戦用か…あ、戦闘能力もか?」
男性の声    「戦わせてみれば、本人と同等の力を発揮するのでないかな。悪いが、私が作ったわけではないからね。詳しくは無い。」
メイリーン    「……つまり、ほぼ完ぺきに本人通り、ってことですねぇ」
イフェスティオ    「チッ…」
シャムシール    「・・・・・・。oO(相手は複数人ってことか・・・)」
イオリ    「oO(今日、ここにくる前の記憶までは本物と一緒…違うのは…偽物はここへきて、本物はきてないってことくらい…?)」

それぞれが考えを巡らせるが、本物とほぼ変わりがないのではどうやっても看破しようがない。
情報を引き出すため、イフェスティオが質問を加える。

イフェスティオ    「おい、もう一ついいか。」
イフェスティオ    「入れ替わったのは、メールが来る前か、後か。メールが来たやつに限るけど。」
イフェスティオ    「そこまでは教えてくんねーか?」
男性の声    「私は、その人物がこの場所に来ると知った上で入れ替えた。」
男性の声    「つまり、少なくともその人物は、今回についての情報は得ていた、ということになるね。」
イフェスティオ    「通信機器の乗っ取りや盗聴の可能性もあるってことか…」
ルリ    「……記憶はある。から、事実は言える……」
ルリ    「……その人形、思考はどうなってる?」
男性の声    「ははは、性能が良すぎるというのも考え物かな? 元になった人間の思考と完全に同じものだよ。」
男性の声    「……いや、完全……などという言葉は使うべきではないな。 ほぼ同じ、といったところかな。」
メイリーン    「……何が目的なんですか、あなた」
男性の声    「ちょっとした駆け引きをね。 君達は先ほどまでゲームをしていただろう、同じことをした。」
イオリ    「さらわれた人は…無事なのですよね?」
男性の声    「危害は加えていない。 それは保障するよ。 しかし、今は自分達の心配をすべきではないかな?」
イオリ    「そう、それならよかった…もう一つ、」
イオリ    「そのお人形さんは、自分がお人形だと知っているのかしら?」
男性の声    「悪いが、人形の内面にまで興味はないから、聞いていないな。 その質問に何か意味があるのかい?」
イオリ    「…いいえ、興味本位ですよー」
メイリーン    「……」

飄々としたその声を聞くだけでは、感情まで読み取ることはできない。
得られた情報から推理するにも、あまりにヒントが少なすぎた。

メイリーン    「……確かに、この状況では、メイちゃんたちにとって信じられるのは自分だけ」
メイリーン    「そしてそれをちゃあんと、周りに信じてもらうには……証明する手段がないですにゃ」
男性の声    「手詰まりかな? 残念だ、マリン・ブルーライン。」
マリン    「……私ですか?」
シャムシール    「・・・?」

突然の名指しに、本人を始めとして不思議そうな表情をする。

男性の声    「そうだ。 今回一番試したかったのは、君だからね。だから、先ほどは君を除いて、「7人」としたんだよ。」
マリン    「……私を、偽者の候補から外すと?」
ルリ    「oO(……マリンに、何か関係する誰かか……?)」
男性の声    「ああ。 8人が7人になった所で些末な話だろう。 あの女狐の目を掻い潜って、贋物と入れ替えることなどに比べれば、あまりに小さいよ。」
マリン    「ミス・リヒャルダのことですか?」

それは不自然なほど、余分な情報だった。
あからさまなヒント――あるいは誘導――に顔を顰めるが、触れないことには話が進まない。

マリン    「……それなら、シャーレベン外の4人は……候補から外れますね。」
シャムシール    「・・・・・・。あぁ、確かにそうですね。」
マリン    「チームに所属していない4人まで、彼女が手を巡らせることはできないはずですから。」
メイリーン    「……じゃあ、メイちゃんかルリちゃんか、シャムシールさん、ということですかぁ?」
ルリ    「そうなりますね」
男性の声    「ヒントが過ぎたかな? だが、三分の一では分の悪い賭けだ。 1人に絞ることができるかい?」

当然と言うべきか、声からは動揺も焦りも感じられない。
肯定している以上、シャムシール、メイリーン、ルリの三人に候補は絞られたと言えるが……

ミリエッタ    「かなり絞られはしましたけれど…それでも、これ以上どうやって…」
イフェスティオ    「ホンモノとニセモノの違いか……」
ルリ    「本物そっくり、なんですもんね。クローンってことかな」
ルリ    「材質まで一緒なら、どこか切れば血なり何なり出ますけど」
マリン    「……そ、そこまでさせたくないのですが……」
メイリーン    「……痛いのはやだなぁ…」
シャムシール    「違ったら、コードとか飛び出たりして。」
イフェスティオ    「まぁ確実だよな。斬ってやろうか」
シャムシール    「はぁ?やれるもんならやって・・・」
ティルト    「それは最後の手段として、じゃのぅ」
ルリ    「ふふ」
シャムシール    「・・・・・・。」
メイリーン    「……ねぇ、でも、あんまり悩んでる時間も…時限爆弾なんでしょう? いつかわからないけど……」

あれこれと話し合う中、メイリーンが不安そうにぽつりと漏らす。

メイリーン    「メイちゃん、皆といっしょにどっかーんは…嫌ですよぅ」
マリン    「……それは、そうなのですが……」
ミリエッタ    「…っ…そうですよね…閉じ込められてから、かなり時間も経ちましたし…急がないと…」
イオリ    「でも、もし間違ったら…」
シャムシール    「どっかーん・・・でしょうねぇ。」
ルリ    「うーん。…………」

制限時間もわからない中、ルリが暫く考えて口を開いた。

ルリ    「……。持ち物。も、そっくりそのままなのかな」
イフェスティオ    「持ち物?」
ルリ    「揃えられるものは、もちろんいっぱいあるけど……」
イオリ    「この世に一つだけしかないもの、とかー…?」
メイリーン    「……持ち物、っていっても、皆ほとんど身ひとつじゃないですかぁ…?」
マリン    「そうですね…… どうしても再現できないものは、あるかと思いますが……」
ルリ    「……例えば、何か、データの入ったもの。メールの履歴とか……あとは、……」
ルリ    「回線の、通信履歴、とかも」
シャムシール    「俺は、見て貰っても構いませんよ。」
メイリーン    「ううん……」

メイリーンが自らの端末を取り出し、操作を試みる。
が、通信どころか画面は真っ暗なままで、何の応答も示さなかった。

メイリーン    「……あれ?」
イオリ    「メイちゃん…?」
メイリーン    「……つかないですにゃ……もしかして皆も?」
イオリ    「通信はできないみたいだけど…電源は入ってますー」
ティルト    「こちらも同じじゃな…」
メイリーン    「……メイちゃんだけ? ……やだな……疑われちゃうじゃないですかぁ……」
イオリ    「ふふ、そうですねー」
マリン    「…………」

不安げに眉を下げるメイリーン。
イオリは気にもしていないというようにメイリーンの頭を撫でている。

メイリーン    「…でも、メイちゃんもちゃんとメールをもらってここに来ましたよぅ?本当ですよぅ…?」
マリン    「確かに、それだけでは判別できません。 メイリーンさん、ミス・リヒャルダのメールに従ってここに来たのですよね?」
ルリ    「単純に、電源がつかない……ってことなら。ここにきて電池が切れただけかもしれませんしね」

メイリーン    「……8人で遊ぶからおいでって、団長さんから……」

シャムシール    「・・・・・・」
イオリ    「8人で、遊ぶから…?」
ミリエッタ    「…え…?」
ルリ    「……」

その言葉に、数人が表情を変える。
そして、マリンがそれらの代弁をするように口を開いた。

マリン    「……それは、おかしいですよ、メイリーンさん。 ミス・リヒャルダのメールは、全てコピーされた同じもの。」
マリン    「そして、この八人だけでなく、都合で来れなかった数人にも送られていますし……」
マリン    「そもそも、このメールに、用件の詳細については書いていないはずなのです。」
ミリエッタ    「…ええ…時間と、この場所の指定が書かれていただけ、でしたね…」

他のメンバーも、小さく頷き肯定の意を示す。

メイリーン    「……で、でも、メイちゃんにはそうやって連絡が……疑うんですか?偽物だって……」
メイリーン    「メイちゃんが、お人形さんだって言うんですか…………?」
マリン    「……そ、れは……」

ただの少女のように、泣きそうに表情を歪ませるメイリーン。
その顔を見て追及することもできず、マリンがたじろぐ。

シャムシール    「あ、あー・・・。疑う、というか貴女にだけ特別なメールがきてたのは、間違いないみたいなんですよ・・・。」
マリン    「……っ、待ってください……! でも、今のは不自然で……!」
シャムシール    「さっきのやつ、まだ質問はいけるんですかね?」

シャムシールが扉に向かって問うと、再び声が響く。

男性の声    「ああ、構わないが、もう少しで爆発だよ。その間で済むのかな?」
シャムシール    「すぐすみますよ。このゲームが終わったら、お人形はどうなるんですか?」

その問いに、声は一瞬沈黙する。が、すぐに先程のような余裕のある口調で続けた。

男性の声    「残念だが、それは答えられないな。 だが、このままでは君達と一緒に吹き飛ぶのは確かじゃないかな?」
イオリ    「なぜ答えられないのですか?」
男性の声    「君達の脱出に関連する質問ではないからさ。 ほら、もう時間がないよ。 そろそろ、残り10秒になる。」
シャムシール    「・・・・・・。えぇ、ありがとうございます。貴方が相当にいい趣味だってことはよく分かりましたよ。」

残り僅かな秒数を理不尽に告げられたにも関わらず、シャムシールはにこりと笑ってそう返した。
一方マリンは、メイリーンの泣きそうな表情を見て、それ以上何も言えず唇を噛んでいた。

が、たじろぐマリンのその背をルリが軽く叩く。

ルリ    「マリン」
マリン    「……ルリ……」
メイリーン    「……」

切迫した状況に不釣合いなルリの凪いだ瞳が、不安そうに垂れ下がったメイリーンの瞳が、じっとマリンを見つめる。

男性の声    「7……6。 さぁ、どうするんだい?」
マリン    「わ……、私は……」
シャムシール    「・・・・・・どっかーんといくか。万が一に賭けるか、か。」
イフェスティオ    「………。」

慌て取り乱す者は居らず、いざとなった時すぐに動けるようそれぞれが構えている。
しかし、端末の傍に立っているマリンはというと、未だ視線を迷わせるだけ。

男性の声    「3…… 2」
メイリーン    「メイちゃんは偽物じゃない……偽物じゃないもん……」
ルリ    「……大丈夫」

残り三秒を切ると同時に、ルリがマリンの肩に添えていた手をそっと離す。

マリン    「…………っ」

それに背を押されてか、メイリーンの視線から逃げるためか。
鋭く身を翻し―――― 端末に、メイリーンの名を素早く入力した。


すると、一瞬の静寂の後、再びドアから機械音が響く。
ロックの解除音だった。

イオリ    「…止まった、の…?」

息を吐く間もなく、ぱちぱちという手を叩く音が聞こえてきた。
再び男の声が響く。

男性の声    「お見事、ギリギリセーフだ。 さて、答え合わせだね。」
イフェスティオ    「答え合わせ……」

その言葉が意味することを大まかに察し、それぞれの視線がメイリーンに集まる。
静寂の戻った部屋にぐすぐすという涙声が漂い、泣きながらメイリーンが恨めしげな目をマリンやルリに向けていた。

メイリーン    「ひどい……ひどいよぉ……どうしてぇ……」
ミリエッタ    「……メイリーン、さん…」
イオリ    「メイちゃん…」
メイリーン    「どうして?どうして?どうして?メイちゃんは偽物じゃないのに、どうして?どうして?どうして?」
マリン    「……そ、れは……」

嗚咽を漏らしながら、ゆっくりと歩み寄ってくるメイリーン――正確にはそれを模した人形――に、何の言葉もかけることができない。
ルリだけがただ、穏やかで涼しいまでの眼差しでその様子を見ていた。

メイリーン    「どうして私を疑うの?どうして私を殺すの?ねえ……どうして……死にたくない……死にたくないよ……?」
メイリーン    「せっかく生まれたのに、どうして……?」
マリン    「……! イオリ、ルリ、離れて……っ!」
イオリ    「えっ…」

途端、何かが弾けるような荒い音が響く。
メイリーンの指先から、瞬く間に高熱の蒼い火焔が巻き上がっていった。

ルリ    「……わ、っ」
シャムシール    「・・・っ!イ、イオリさん・・・!」
イオリ    「ひゃっ…」
ミリエッタ    「…っ…?!」
イフェスティオ    「……っ、」

マリンがルリの手を引き、イオリの傍らに立っていたシャムシールがその手を引く。
蒼い炎の舌が一瞬でメイリーンの形を飲み、激しく燃え盛った。

メイリーン    「どうして……どうして!熱いよぉ……痛い……助けてよぅ……」
メイリーン    「人形じゃないもん……本物だもん……全部一緒なの……あの子と……アノコなの……ひどい……ひどいぃ……」
ルリ    「……せっかく、生まれたのにね」
マリン    「…………っ」
シャムシール    「・・・・・・。」
イオリ    「こんな…」

ごうごうと燃える音の狭間から、恨み言が続いては掻き消える。
牢獄のような蒼の中から、緑色のレンズがマリンを見ていた。

メイリーン    「……しにたくない…」

その言葉を最後に。
炎はさらに激しくなり、跡形もなく、黒い焦げ跡だけを残して消えた。人形も、何もかも、そこには無い……

イフェスティオ    「………胸くそわりぃ」
ミリエッタ    「………。……ひどい……こんなことって……」
ティルト    「…うむ、本当に良い趣味をしておるな」
イオリ    「…ぁ…」
シャムシール    「・・・・・・。」
マリン    「…………私はまた……」

最後に視線の合った緑色の瞳を焼きつけ、目を伏せる。
選ばれなかった者の最期を見届け悲哀に暮れる間も無く、先程と何も変わらない調子で再び男性の声が響いた。

男性の声    「やぁ、少しやりすぎたな。 慣れない術式というのは加減が難しい、もっとスマートにできれば良かったのだが。」
イフェスティオ    「最高に悪趣味な野郎だな…」
シャムシール    「・・・・・・・・・。」
男性の声    「否定はしないが、反省はしているよ。 ともあれ、君達の勝ちだ、おめでとう。」
ルリ    「……メイリーンさんは、どこに?」

ルリが冷静に問うのとほぼ同時に、マリンの端末のコール音が鳴った。
どうやら通信は回復したようで、それにマリンが応答する。

マリン    「……はい…… ……え……? ……はい、そうなのですか……はい……」
マリン    「……数時間前からミス・リヒャルダより捜索指示があって、フレイさんがメイリーンさんを救出したようです。」
イオリ    「…そっか、よかった」
ティルト    「うむ…無事で何よりじゃ」

ほっとした……と言える状況ではないが、ひとまず息を吐く一同。
しかし数時間前から、ということは、指示を出したリヒャルダはこの事態を予想していたということになる。

男性の声    「まぁ、アレ相手ならこんなものか。 では、私はこれで失礼するかな。 またの駆け引き、楽しみにしているよ。」

一方的にそう言い残して、声は消えた。

マリン    「……すみません、皆さん。 こちらの管理体制に不備があったばかりに……」
イオリ    「…いいえ…」
ミリエッタ    「…いえ…。でも、今回の事…このままにはしておけないですよね…」
ティルト    「しかたあるまい…かなり周到に計画はねられておったんじゃろう」
シャムシール    「・・・・・・気にしちゃダメですよ。マリンさん。」
ルリ    「それは気にしてないけど、……」

何かに気付いたように、ルリが床の焦げ跡にしゃがみこむ。
そして、人形が遺した花の髪飾りを拾い上げ、マリンの手に握らせた。

マリン    「あ……」
ルリ    「……今度は、ちゃんと、ほんものに生まれておいでって」
マリン    「……ごめんなさい。 ありがとうございます、ルリ、シャムシールさん、皆さんも。」

髪飾りをぎゅっと握り、ぎこちなく笑う。
イフェスティオが焼け跡に近付いて手がかりや痕跡を調べていたが、他に何も残ってはいないようだった。

シャムシール    「・・・・・・。今からでも、あの声追うか?」
イフェスティオ    「おっかけてみるか?俺は良いぜ?」
マリン    「……だ、ダメですよ。 敵がはっきりしない内は……」
イフェスティオ    「はっきりしないなら、させりゃいいだろ。コケにしやがって、胸くそわりぃったらありゃしねぇ。」
イフェスティオ    「落とし前付けてやる……」
ミリエッタ    「二人とも待ってください。さっき、ルリさんに言われたばっかりじゃないですかっ。先行しすぎちゃダメ、って…!」
ティルト    「まぁカッカしておってはみえるもんもみえんじゃろうしのぅ」
シャムシール    「・・・ぐ。先行・・・・・・。」

怒りを露にするイフェスティオとシャムシールだが、冷静に引き止められる。
それでもやはり収まらないものは収まらないようで、しばらくぶつぶつと何か漏らしていた。

イフェスティオ    「逆探知…いや、通信履歴を調べるくらいは…」
シャムシール    「くそー一発ぶん殴りたかった…」
ティルト    「一発じゃたりんのぅ…」
ルリ    「マリンも、ひとりで追っかけようとか、思っちゃダメだよ」
マリン    「……えっ! は、はい……」

黙り込んで何か考えていた様子のマリンが、慌てて答えた。

ルリ    「……ほら。思ってた」
マリン    「そ、それは…… ……と、とにかく、落ち着いて。 こちらでも調べますから、詳しいことが明らかになるまで待ちましょう。」
イオリ    「うん…そうだねー」
イオリ    「したばっかりの約束…破られちゃったな…」

跡形もない焼け跡を見下ろして、イオリが呟く。

イフェスティオ    「……ま、やっこさんとっ捕まえねぇとどうしようもねーか。」
ルリ    「リヒャルダさんが動いたなら、進展もあるでしょう。……イフェスティオさんをよこした人も」
ミリエッタ    「一度しっかりと態勢を整えてから、ですね」
シャムシール    「ん、了解です。とりあえず、今日はここまで、ですか・・・。」
マリン    「……はい、お疲れ様でした、皆さん。 親交を深めるどころではなくなってしまいましたが……」
ルリ    「あ、でも……いっぱい頭も使ったし……私は、甘いもの、食べたいな。マリン」
マリン    「えっ? ……え、えぇと…… 私で良ければ、いくらでも。」
シャムシール    「あー・・・良かったら俺も混ぜてほしいなぁ・・・なんて。」

えへ、と乙女に笑うシャムシールを見て、マリンの表情にいくらか笑顔が戻る。
結局マリンが料理を振舞うことになり、各員は施設を後にした。

恐らく、「次」があることを全員が悟っているだろう。
敵の正体は、未だ掴めず。


To Be Continued...

  • 最終更新:2016-09-07 02:53:59

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