二番目の上昇B 1

シャムシールらの協力によって、フレイ、マリン、ルリ、ロミオは無事アークスシップ特殊艦、リュケイオンへ辿り着いた。
艦内の繁華街、高層建造物が豪奢に並び立つ中でも一際天高くそびえ立つ建造物――― それは覇者の証。
ロミオの実家であるディヴェローナの屋敷が、高層ビルの上に荘厳な姿を見せていた。
四人はある目的のため、通常立ち入る事も許されないこの場に足を運んでいる。

現在、現当主でありロミオの父であるウィリアム・ジェネシス・ディヴェローナが危篤状態であり、屋敷内で治療を受けている。
その影響もありロミオは勿論、他の三人も護衛としてすんなり中に入る事ができた。
建物である事を忘れる程に広大な庭園を進んだ先に、ようやく欧風の絢爛な屋敷に辿り着く。

眼下の繁華街の喧騒をよそに辺りはしんと静まり返り、否応無しに緊張は高まる。
屋敷に近付く四人の眼前、見計らったかのようなタイミングで屋敷の扉が開かれた。 現れたのは――

マクベス 「……遅かったな。我が艦の観光でもしていたか」
ロミオ  「………大兄様……!」

並みならぬ風格と威光を纏うディヴェローナの長男、マクベス・ジェラルド・ディヴェローナ。
その傍らには彼が最も重用する侍女、クロエが控え、人形のような無感情さで瞬く。

兄を前にして搾り出すような声で呟くロミオの肩に、ルリがそっと手を添えた。

クロエ  「……御機嫌よう、ロミオ様。お連れの皆様も、お元気なようで」
マクベス 「……貴様らがリュケイオンへ到着したという知らせを聞いて、いずれ現れるとは思っていたが……まさか、ここへまで舞い戻るとはな。愚弟」
ロミオ  「……!」

ロミオは明らかに、兄であるマクベスに気圧されている様子だった。
身を強張らせ、それでも顔を上げると、マクベスとクロエを交互に見据え口を開く。

ロミオ  「……父上の、具合が…よろしくないと、お聞きしました、ので……」
マクベス 「……ただの見舞いにしては、随分と物騒な客を連れ込んだようだが」
フレイ  「……」

ロミオが連れた三人――特にマリンには、浅からぬ因縁があるマクベス。
並みの人間では竦み上がってしまいそうな程の眼光で、マリン達を見下ろす。
フレイはじっと黙ってマクベスに視線を合わせ、ルリはその物言いにむっと顔を顰めている。

マリン  「……マクベス卿。ロミオ君がお父様のために駆けつけたのは、ご存知の通りです。当然、彼は通して頂けますね?」
マクベス 「……言われるまでもない。貴様こそ、良く私の前へ顔を出せたものだな……マリン・ブルーライン」
マリン  「…………」

剣呑な、極めて険しい視線でマリンを見るマクベス。
対してマリンは、眉尻を下げるが何も答えず、目線でロミオを促す。

ロミオ  「……ありがとう、マリンさん。……ルリ、大丈夫」

安心させるようにルリの頭をロミオが撫でると、その手にルリが微かに唇を寄せて、名残を落とす。
ロミオはゆっくりとマクベス達を横切ると、父のいる屋敷の扉の中に消えた。
マクベスはそれを一瞥することすら無く、依然マリン達に険しい視線を向けている。

クロエ  「……ふふ。何か?」

フレイが自分をじっと見ている事に気付いたクロエが、小首を傾げ微笑んだ。

フレイ  「……、これだけ睨んでる主を前に、何かわからないほど、間抜けな女性にも見えないが?」
ルリ   「そうですね。間抜けな女性では決してないでしょうし……マリンがここまでやって来た理由を、きけないほど短気な方に仕えているわけでも」

挑発とも取れる言葉を淡々と並べるルリを制するようにして、マリンが一歩前に出る。

マリン  「マクベス卿―――― そして、クロエさんも。大事なお話があります。」
マクベス 「話だと?……」

マクベス 「お前のそれを聞いてやるほど、私がお人好しだと思うのか」

剣呑に目を細めると同時に、傍らの刀の柄を手にするマクベス。
その瞳は映しているマリンを、完全に“敵”として認識していた。

マリン  「この場―――― リュケイオンに関わる話です。 多忙は承知していますが、聞いて頂けませんか?」

だがマリンも、それに怯む事はない。対抗し戦闘態勢に入る事はなく、直立したまま言葉を続ける。
するとその一歩手前に出たフレイが、庇うように両腕を広げ、口を開いた。

フレイ  「あんたが自分の侍女を傷つけられて怒ってるのはわかるが、あんたの侍女だって大人しく傷つけられた“だけ”じゃないだろ。こっちだって我慢してんだ、聞く耳だけは持ってくれてもいいんじゃないか」
マクベス 「……」

言葉は発さずとも、表情を一層険しくするマクベス。
問うように、“当事者”であるクロエに視線を向ける。

一つ瞬き、さらりと髪を揺らして、恭しく頭を下げ発言するクロエ。

クロエ  「……僭越ながら、わたしは、我が主の庭を守りたく存じます。そのためには、この者らの話を聞くのも、必要かと。下らない話をするのであれば、それから斬り捨てても遅くはありませんわ」
マクベス 「……」

その言葉を聞くと、マクベスは小さく溜息を吐き、無表情だが不機嫌そうに背を向けた。

マクベス 「………勝手に喋らせておけ。…クロエ、貴様が納得しているのであれば、貴様が話を聞いてやればいい…」

ルリ   「(……やっぱり、お人好しじゃないかなぁ……)」
マリン  「お待ちください! クロエさんだけでは意味がないんです、マクベス卿。」

去ろうとしたマクベスを呼び止めるマリンに、はじめてクロエが少し不愉快そうに表情を歪めた。

クロエ  「……我が主の手を煩わせるのですか?それほどに重要なことなのでしょうね?」
マリン  「まず、先の事はお二人に謝罪しなければならない事です。 私は、怒りのままにクロエさんを斬った…… 理由がどうであれ許されません。 ……申し訳ありませんでした。」
クロエ  「……。」

腰を折り、深く頭を下げるマリン。それを見て、白けた顔になったクロエが冷たく金色の頭を見下ろした。
言葉を返さないクロエに代わり、ルリがマリンの腕に触れ口を開く。

ルリ   「……マリンばっかり謝ることじゃないよ。……そうでしょう、クロエさん」
クロエ  「わたしが何を謝ると、」
ルリ   「大体聞くとか聞かないとか煩わせるとか煩わせないとか、どうせ私たちの前にクロエさんひとり置いていって、また心配するのはあなたなんだから。素直に居たら良いんじゃないですかっ、お義兄さん!」

少し怒り気味にマクベスの背へ言い放たれた言葉に、流石のクロエもぎょっとしたように目を見開いた。

クロエ  「……何を」
マクベス 「……ちっ……」

当のマクベスも、煩わそうに頭を振り、腕を組みその場に留まる。

マクベス 「……勝手に喋れ。私がここに居るうちは、耳に入るかもしれんぞ……」
ルリ   「じゃあもう少し足を止めてて下さいね。私達はただ謝りにきたわけじゃない、交渉しに来たんですから」

背を向けたまま吐き捨てるように呟くマクベスに対し、ふん、と鼻を鳴らすルリ。
立ち止まったマクベスの背側から、どことなくおろおろと、クロエが不安げにその横顔を見ている。

クロエ  「主………」
ルリ   「はいっ、マリン」
マリン  「あ、ルリっ……」

ぷんぷん肩を怒らせながら、後を任せるように。 マリンの背をずいと押し、マクベスらに寄せる。

マリン  「…………ありがとうございます」

ルリに対してか、マクベスに対してか、小さく呟くと、改めてマクベスとクロエの前に立つマリン。
それに付き従うように、護衛するように、フレイも一歩前へ出る。

マリン  「彼女の言った通り、謝罪だけが用件ではありません。 このリュケイオンに、現在ある者…… いえ、組織というべきでしょうか。 そのアークス達が拠点を構え、計画を起こそうとしています。」
マリン  「その計画とは―――― 一度肉体の滅んだ人間を、蘇らせる事です。」

マクベス 「………」

マリンが語り始める内容、これから打倒しなければならない敵。
依然マクベスは背を向けたままだが、耳は傾けているようだ。

クロエ  「………随分、大きく出ましたね?」
フレイ  「…………冗談のような話だが、嘘じゃない」
クロエ  「……そうですね。この人が器用な嘘をつけるようには見えないわ。……どうぞ、続けて」

突拍子もない内容でも、虚言だ、と口を挟んで無駄な時間を費やす愚は犯さない。
促されたマリンが、更に続ける。

マリン  「……そしてその人物は、目的の遂行に手段を選ばない。リュケイオンを混沌に陥れてでも実行する、と言っていました。」
マリン  「個人が行うには、スケールの大きすぎる話です。 ……でも、彼女は、それを可能にしてしまう。」

マクベス 「……」

肩越しにマリンを見るマクベス。
リュケイオンの名を出されては、聞き流すわけにもいかないのだろう。

マクベス 「その話が、真実だとして……だ」
マクベス 「……貴様らの相手は何者だ。そして……」

マクベス 「……私に何を求めるつもりだ」
マリン  「…………」

ふと瞼を閉じ、静かな表情で、再び薄く目を開く。

マリン  「……流石に話が早いですね、マクベス卿。」

此処まで来て、討つべき敵の名を伏せたまま話が通せるとは当然思っていない。

眼前の二人にとっても特別な意味がある、そして自らの掛け替えのない母親が持つ、その名を。


マリン  「彼女の名前は、セラフィナ・ブルーライン。そして……」


抑揚のない声でそこまで告げて、一度息を吐く。
そして、ゆっくりと右手を掲げ、てのひらを差し出して。


マリン  「私達と一緒に、セラフィナと戦って欲しいのです。」



  • 最終更新:2017-07-16 21:18:53

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード